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さぷログ

メーカーの人事部門で働いています。

【書評】宿命 警視庁長官狙撃事件 捜査第一課の23年

以下ネタバレ有

『この事はアクセルを踏めば走る。しかし、決して走らせてはならない。それでもブレーキをかけたままアクセルを踏み続けていなさい』本文から

優れた本というのは、複数の読み方が出来ます。「宿命 警視庁長官狙撃事件 捜査第一課元刑事の23年」もそうで、刑事の執念、犯人の異常性、バブルが崩壊しオウム真理教阪神淡路大震災が発生した時の不安感、組織の不条理など様々な視点で読む事が出来ます。

私も大きな組織に属しており、組織人としての理不尽を感じる事は多々あるですが、この本の中で著者が直面した理不尽に比べると自分の経験など何ともないなと反省しました。

この本の影の主役である公安部は、国家を転覆するような組織をターゲットとして監視し、場合によっては組織を壊滅させる事を使命として課されていると理解しています。

具体的には左翼団体や右翼団体北朝鮮、当時のオウム真理教がその対象になり、彼らを徹底的にマークして、場合によっては破防法(オウムには適用されなかったわけですが)を適用する事を組織の宿命としてトップから捜査員まで意思統一して危険を省みず国家の為に活動していると言えます。

警視庁長官狙撃事件に関する記事をネットで見ているとオウムの犯行と頑なに固執しているのは、オウムの危険性をより強調するための深慮遠謀である。みたいな陰謀論的な論調がありますが、この本を読んで多分違うと思いました。

著者が触れているとおり、公安部の宿命として、破壊活動に従事している組織をマークして、それを潰す事が存在目的である中で、歴代のトップが間違っていたとは言えず、引き返せなくなってしまったというのが真実に近いのではないかと感じました。

組織というものは外から見ると完全におかしい事をしていても、組織の自己保存本能として時として平気で事をやってのけます。

ただ、この本の著者である原雄一氏の凄いところは容疑者本人から供述を引き出し、渡米までして裏付けを行い、それに対しては公安部から派遣された調査員ですら納得せざるを得ない証拠として積み上げてしまった事です。

ただ、その圧倒的事実をもってしても、公安部は事実を認める事なく時効となってしまいました。

唯一の救いは警視総監や、個人としての公安部長は、著者に対して期待や敬意を表していたということですが、逆に言うと心ある人を持ってしても、組織の論理には勝てないと言う事でもあります。

公安部がそこまでして守らなければならなかった面子というのは外部からは計り知れませんが、おそらくはこの事件でトップの方針が間違っていた事を公にしてしまうと、他の事案でも同様の疑義が組織内に芽生える可能性が憂慮され、組織の統制として大変まずい事になるという恐怖があったのではないかと推測します。

その結果、後日アレフから名誉毀損で訴えられ、裁判所も「警視庁公安部の行為は推定無罪の原則に反し、我が国の刑事司法制度の基本原則を根底から揺るがす」という、ある意味最もな判決を下し、百万円の損害賠償をアレフ側に支払う判決が確定したわけですが、司法も捨てたものではないなと言うのと、我々の税金がアレフに支払われた事実に失望します。

また、佐藤優氏の「国家の罠」を読んだときも感じたのですが、取り調べ側と容疑者側に生じる奇妙な友情のような感覚が読後感をより複雑なものにします。

おそらく、調書の作成という共通の目的に向かって、双方の真実を深いレベルで理解し、どのような文言で文章として歴史に残すべきであるかという大きな目的が一致した場合に醸成される感覚だとは思うのですが、本を読んでいく中で、この本は原雄一氏が書いたものなのか、容疑者が書かせたいと思ったものを原雄一氏を使って書かせたものなのか分からなくなる時がありました。

そのような点を含め、ノンフィクション好きであれば一読しておくべき大変興味深い本です。