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さぷ日記、主に本の書評

メーカーの人事部門で人材育成関係の仕事をしてます。仕事がら組織とか戦略とかの本の書評が多めです

【書評】残業学の残業時間増加による幸福感の上昇は本当なのか?

本書は部分部分では納得できる記述も多いものの、全体的な整合性があまり感じられないので少し読みにくく、また実際企業の現場で同様の問題を対応している立場として、データの解析手法についてもやもやする所がありまして、今回は残業時間が増えると幸福度が増すという調査結果について考えてみたいと思います。

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上記の図が残業時間が増えると幸福度が上昇するとの根拠とされている分析結果のヒストグラムなのですが、なるほど、残業時間が45〜60時間で底を打って上昇しています。80時間から上の区切りはないようなので、また下降するのでしょうが山が2つある特徴的な波形と言ってよいと思います。

ただ、縦軸の幸福感ですが、グラフは16〜19(単位はポイント)まで目盛りが0.5単位で区切られており、実際の値が最高値は18.58で、最低値が16.98なので、この1.6ポイントがどれくらい重大な幸福度の差異なのかはよく分かりません。(設問票は公開されていないようなので)

僕は仕事柄アンケート調査を行い、ヒストグラムもよく作るのですが、上記のような一旦下がってまた上がるようなグラフはあまり目にしたことはなく、グラフがM字型と言いますか、ふた山になってしまった時に疑わなくてはならないセオリーがあるのですが、それは後述したいと思います。

様々なアンケート調査を行う中で経験的に言えるのは以下の定義です。「同一の属性を持つサンプルに対して、ある連続した区間を持つ計量値または計数値を均等に区切り、当てはまるものを選ばせる設問は、基本的に正規分布する」です。

つまり、単純に残業時間や(主観的ではありますが)幸福度合いを聞く質問をしたら、なだらかな山型を描くのが通常のアンケートでよく出くわす波形ということになります。

ただ、このグラフの難しいところは縦軸に幸福度を取っており、このような異なる属性の相関を見る場合は散布図が適切だと思うのですが、見た目の印象が重要なのかヒストグラムを用いられています。

さて、ふた山あるヒストグラムでまず分析者が注意せねばならないのは、異なる属性がサンプルに入り込んでいないかどうかという点です。

この視点でもう一度グラフを見ると、サンプルについては「一般従業員 n=5000」という記述がある事がわかります。

この一般従業員5000名の内訳が知りたいと思い、巻末の実施調査概要を見たところ、2017 年9月末と2018年3月末に全国の従業員数10人以上の企業に勤める無期雇用社員(正社員)、20〜59歳とあります。

そしてまた上記の表に戻る訳ですが、そこでまた気が付くことがあります。グラフの縦の尺度は幸福感な訳ですが、人数に対する表現がグラフではなされておらず、グラフ下のカッコで記載されている点です。ですので、1046名がいる縦棒も138名しかいない縦棒も幸福度の平均値という同じ扱いを受けているという事です。

話が長くなってきましたが、中原先生やパーソル研究所が問題視している残業時間の増加による幸福度が増加しているとこの表から読み取れるのは323名、全体の僅か6.46%です。

ここで言いたいのが(といいますか、これをずっと言いたかったのですが)、この323名は一般職と言いながら、将来を期待されているエース級の幹部候補の一般職なのではないだろうかという事です。(もちろん長時間労働はこの本でも指摘があるように健康にマイナスの影響をもたらしますから良くないのは当然です)

そして、仮にこの323名をエース級の幹部候補と仮定した場合、他の社員よりも幸福度が低いというそれはそれで衝撃的な結果が見えてきます。(あくまで仮説です)

エース級かどうかは設問に設けることは出来ないと思いますので、年収を使えば代替変数に出来ると思いましたが、この本では年収に関する記述は無いのでおそらく設問に含まれていないのではないかと思いました。

一つのグラフにそこまでマニアックにこだわらなくてもいいのではないかという方もいらっしゃるかもしれませんが、中原先生とパーソル研究所の分析結果を信用すると、残業時間長くなると麻痺してランナーズハイになりがちだから、とにかくよくない。と言うのか、それともエース級の幹部候補は会社への忠誠心が高く、残業時間も長いが幸福度は決して高くない。特にミレニアルやさとり世代と言われる若者は自分がその会社で働くこと自体に意味を見出す傾向があるので、彼らが離職しないような工夫が必要である。と言うのでは全く対策が異なってきます。

数字はうそをつきません(ただ、アンケートでうそをつかれる可能性はあります)が、解釈を間違えると的外れの対策を提示してそれが拡散され、結局さほど有効ではないということになってしまいます。

また、上記の仮説も間違えている可能性だってもちろんあります。いずれにしても耳が痛いことであっても健全なフィードバックがなされる事がとても重要だと思っています。

残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか? (光文社新書)

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