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さぷ日記、主に本の書評

メーカーの人事部門で人材育成関係の仕事をしてます。仕事がら組織とか戦略とかの本の書評が多めです

日本人はなぜ血液型信仰から離れられないのか

僕はO型なんですが、「えー、割としっかりしてるからA型かと思った。でもやっぱりO型ぽいかも」という毒にも薬にもならない話を女子としたりする訳ですが、A型しっかり、O型適当、B型マイペース、AB型変わり者みたいな感覚は血液型信仰があるにしろないにしろ、日本人はなんとなく共通理解してるんじゃないかと思うんですよね。これってなんだか凄いことなんじゃないかと思います。

この血液型信仰があるのは、日本と韓国くらいだと聞いたことがあるんですけど、これってどういう事なんだろうかとちょっと考えてみたいと思います。

話は変わりますが、エスニックジョークというのをご存知でしょうか?ウィキペディアから引用しますが、以下のようなものです。

沈没船ジョークの例

沈没しかけた船に乗り合わせる様々な国の人たちに、海に飛び込むよう船長が説得を行う。

アメリカ人「飛び込めばあなたはヒーローになれます」

イギリス人 「飛び込めばあなたはジェントルマン(紳士)になれます」

ドイツ人「飛び込むのはルールです」

イタリア人「飛び込めばあなたは女性に愛されます」

日本人「みんな飛び込んでますよ」

というような感じで、なんかありそうな気がすると思わせるちょっとブラックなテイストも入っているジョークです。

あと、これはウィキペディアではないですが、こんなのもありますよね。ちょっと今の時代は当てはまらないかもしれないですが。

「ドイツ人が発明し、アメリカ人が製品化し、イギリス人が投資し、フランス人がデザインし、イタリア人が宣伝し、日本人が小型化し、中国人が海賊版を作り、韓国人が起源を主張する」

つまり、民俗的な特徴にレッテルを貼り、ステレオタイプ的に理解をするという事なのですが、日本ではエスニックジョークはあまり盛んではない気がしています。

なぜかと考えますと、日本で外国人労働者はかなり増えていると思いますが、まだまだ単一民俗だからというのが理由ではないでしょうか。

さて、またまた別の話なのですが、皆さんはダニエル・カーネマンのファストアンドスローを読んだ事はあるでしょうか?

ものすごく乱暴に言うと、我々サピエンスは人にレッテルを貼って理解したつもりになりたがる生物だと言う事です。(たぶん)

何故かというと、我々のご先祖が狩猟時代に生きていたとき、いつ野生動物や敵の部族に襲われるか分からない訳ですから、いちいち理屈で考えていたら、命がいくつあっても足りない訳ですよね。レッテルをササッと貼って行動する事が行き残る勝ちパターンだったんだと思います。

なので、こういうパターンに遭遇したら、このような理解した方がいいというのが我々サピエンスの脳に刻み込まれており、ダニエル・カーネマンはそれをシステム1と名付けました。

毎日死の危険にさらされている狩猟時代には必要な能力だと思いますが、現代においては完全にイノベーションのジレンマだと思います。

さて、血液型の話でした。

つまり、何か言いたいかと言うと、基本的に同一民族で、他者レッテルを貼り付けにくい特徴を持つ日本人は、血液型によってシステム1を起動させて自分自身を安心させているのではないかと思うんですよね。仮説の域を出ませんが。

多民族国家の場合や他国と自続きの場合は日常的に異文化との接触がある中で、システム1を使用する他人のレッテル貼りを民族レベルで行っているので、自国民に対するレッテル貼りをする必要性を感じてないのではないかと思うんですよね。

以上、思い付きのノーエビデンスの記事でした。信じるか信じないかはお任せ致します。