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さぷ日記、主に本の書評

メーカーの人事部門で人材育成関係の仕事をしてます。仕事がら組織とか戦略とかの本の書評が多めです

グーグルの心理的安全性だけではチームの生産性はおそらく落ちる話

最近の教育研修や人事コンサル界隈ではグーグルがプロジェクトアリストテレスで発見した「心理的安全性」がちょっとしたブームになっています。といいますかセミナーとか展示会で話をきくとデフォルトで組み込まれ出したような印象すら受けます。

いわく、チームのメンバー安心してモノを言ったり働ける環境を作ることがチームの力を最大に引き出す事が出来る秘訣だという話なのですが、確かに日大アメフト事件があったり、湘南ベルマーレの曹監督の辞任の経緯の後味の悪さがあったりする中でとても今の時流に則った素晴らしい法則ですし、チームのあるべき姿のように感じます。

しかし、この心理的安全性ですが、ちょっと気を付けなければならないなと感じており、実はグーグルだからこそ生産性向上に直結する訳で、普通の企業でこれをやったらおそらく生産性は下がると思うのですが、そのような考察はあまりなさそうなので書いてみたいと思います。

まず最初に身も蓋もない話ですが、そもそもグーグルは超が付くほど優秀な人達のエンジニア集団であるということです。Office365の機能も十分に使いこなせない我々日系の一般企業との大きな違いです。

グーグルの優秀なチームメンバーに対して、マネージャーは最低限の進捗管理だけをして、あとは自由にやらせておいた方がいい仕事をしそうなのは直感的に理解できます。

また、上にも書きましたが、グーグルは基本的にはエンジニアの会社であるということが前提としてあります。以前読んだ本では、グーグルでは企画書というのはなく(または企画書を書いてもあまり意味がなく)、プロトタイプとしてアプリケーションが動いていないと評価されない文化だということを読んだことがあります。

また、グーグルの各チームが開発しているアプリケーションは他のチームも見る事が出来るようなのですが、これが20%ルールと相まって、興味深くて好奇心をそそるプロトタイプにはチーム外のいろいろな人からのアドバイスや協力がひっきりなしにされて完成度が上がっていき、あまりイケてないプロトタイプには人が集まらないような仕組みを構築しているようです。

また、グーグルではピラミッド型の管理をよしとせず、エンジニアの自主性に任せるべきだという、ハッカー文化と言いますか、オープンソースソフトウェアのコミュニティみたいな文化がそもそも根付いている中での「心理的安全性」な訳です。我々凡人はグーグルが持っているこの前提を忘れてはならないと思う訳です。

つまり何が言いたかったかというと、グーグルはそもそも超がつくほど優秀な人の集まりなので、要点さえ管理が出来てればチーム運営が上手く行く可能性は最初から高いし、マネージャーによる管理をせずとも、いいアプリケーションのプロトタイプには自ずと人が集まって、ローンチ出来る可能性が高まる仕組みがそもそもあるという事です。しつこいですが、その上でのさらに「心理的安全性」の確保な訳です。

ちなみにグーグル先生は「世の中の情報を整理しつくす」事を目的としている会社であり、検索もグーグルマップもグーグルフォトもこの定義にばっちり当てはまりますが、グーグル先生と言えども自ら何かしらの価値を創り出すといった事は苦手で、例えばFacebookに対抗していたGoogle+などは、グーグル先生としては忘れたい黒歴史のなのかもしれませんね。

さて、一般企業の話です。僕は研修の事務局対応をする事が多いのですが、選抜研修を担当していた時の話です。

選抜研修というと、各本部からエリートが集まりそうな気もしますが、実はそうでもないケースもあります。例えばもう一皮むけてほしいんだけどなかなか伸び悩んでいる社員とか、人数の割当として設定されてしまい、無理やり出してもらうケースなんかもあったりします。つまり、選抜研修と言いながら玉石混交なメンバーが研修を受講してグループワークをする訳です。(ちなみにこういう状況を決していいとは思っていませんが、いろいろ難しいです)

グループはだいたい6名くらいのメンバーで、テーマが与えられて活動するわけなんですが、あるグループのリーダーから相談を受けました。
「Aさんというメンバーがなかなか発言しないのだが、どうしたものか?」という内容の相談で、僕はその時グーグルの「心理的安全性」を知ったばかりだったので、その事を話してみました。リーダーの方も「分かった、やってみる」との事で、安心してしばらくその事を忘れていたんですが、一ヶ月後くらいにまたリーダーから相談を受けました。

リーダー「Aさんなんですけどね」

僕「ええ」

リーダー「チームでディスカッションする時に発言してもらうように仕向けたり雰囲気作りをしたんですよ」

僕「ありがとうございます」

リーダー「そしたらどうなったと思います?チームの討議のスピード感が格段に落ちたんですよ」

僕「どういう事ですか?」

リーダー「討議って話があちこちに飛ぶじゃないですか。前提とする知識があったり、新たなアイデアが産まれたり」

僕「ええ、そういうものですよね、チームの会話って」

リーダー「どうもAさんはついてこれないんですよ。討議の流れに追いついていないから、すごく前まで戻って説明しないといけないんです。かなりストレスですね」

僕「まじですか、すみません」

みたいなやり取りがリーダーとありました。それから本人や他のメンバーにやんわり聞いた話を総合すると、リーダーの言うとおりで、Aさんは話についていく事が出来ないから黙ってしまうのではないかという事ではないかと考え直すようになりました。地頭の差と言ったら身も蓋もないのですが、そういう事です。

その後、あらためてリーダーと話しました。

リーダー「会話中にあえてAさんには聞かないことにしました。最後にAさんには何かないかは聞きますが」

僕「思いやりのある無視も必要なんですね。。」

というような苦い経験をした訳です。

つまり、チームのメンバー感にレベル差がある状態で「心理的安全性」の対策を実施してしまうと、どうしてもレベルの低いメンバーあわせる必要が生じてしまうと言うことです。それはチームの活動のスピードを著しく遅くしてしまうと言う事を意味しています。

心理的安全性」が有効に作用するのは、メンバーのレベルが全員高いか、または同じレベルである場合という前提条件が付与された上での有効な対策だと思うのです。

グーグルのプロジェクトアリストテレスでは、「心理的安全性」の他にも「(メンバー間の)相互信頼」「構造と明確さ」「仕事の意味」「インパクト」が重要だと示されています。

Aさんの件では、リーダーに対して他の4つについてを満たすことなく流行りの「心理的安全性」を伝える事で迷惑をかける事になってしまいました。

心理的安全性」はキャッチーなフレーズですし今の時代の雰囲気にとても合っていますが、これだけにフォーカスするとチームの生産性は落ちるのでは無いかと危惧しています。