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さぷログ

メーカーの人事部門で働いています。

テトリス99と陰謀論

TETRIS 99 -Switch

さぷさんです。元ゲーマーです。

僕はそれなりにゲーム中毒者でして、パワプロサクセスモードで廃人になりかけたり、最近では嫁を見ている時間よりもウマ娘キングヘイロー様やメジロマックイーン様を見ている時間が圧倒的に高いようなダメ人間です。

Switchもやりたいんですが、悪名高きみまもり設定を嫁が握っており、「30分だけよろしいでしょうか?」とお伺いを立てる日々で、43歳のおっさんのハズなのですが、なぜか小3に戻ったような感覚に襲われます。

そんな中で今年の3月末まではスーパーマリオ35があったおかけで、ずっとスーパーマリオ35ばっかりプレイしていたのですが、成長期の記憶とは恐ろしいもので、多分30年ぶりにプレイしたと思うんですが、アイテムの位置とかを結構覚えていて常に5位以内、調子の良い時は1位を取れるくらいの覚醒っぷりを発揮して、息子たちに尊敬されていい気になっていたのですが、この成功が後の暗黒体験の序章になるとはこれっぱかしも思ってはいませんでした。

4月以降、次にやるゲームが見つからず、ルート16ターボツインビー(ファミコン版)、スーパードンキーコングなどでお茶を濁していたのですが、テトリス99が気になってはいました。

僕はファミコンテトリスもステージ9のラウンド5をクリアして、コサックダンスを出すのという事は比較的容易な程にやり込んでいましたが、なんだかルールが複雑になってそうでテトリス99を避けておりました。

しかし食わず嫌いは良くないとある日意を決してテトリス99にチャレンジしてみたのですが、その名の通り99人のバトルロワイヤルにおいて、97位とか98位とか信じられない順位を連発し、息子たちから冷たい目で見られる状態になってしまいました。

その時の心情としては、スーパーマリオ35ではあれほど上手かったし、小学生の時とはいえテトリスも得意だった。これはテトリス99の初心者を嵌めるようなトラップがあるに違いない。確かにスーパーマリオ35の時よりも狙われる事が多い。何かがおかしいという感覚に支配されていました。1日30分しか出来ない中で、一週間ほどアベレージ97位を続けると、大きな陰謀が僕を陥れようとしているというQアノン真っ青の陰謀論と心は暗黒ダークマターに支配されていました。

僕がテトリス99を上手く操作出来ない理由としましては、テトリミノが高速落下するハードドロップが突如発生するという現象がありまして、僕はこれをテトリス99における敵の攻撃だと勘違いしていました。

結論から言いますと、テトリス99でこのような攻撃がある訳ではなく、どうもプロコンの誤作動らしいという事でした。

まさかコントローラー操作をプロっぽくするはずのプロコンが悪さをしているとは1テトリミノも思ってなかった中で、僕は絶対に勝てない戦いを繰り広げていたという事がわかったのは、Qアノン信者になってからしばらく経ってからの事でした。

そんな事を知らずに97位が連続していた時には完全に暗黒神を崇めていた訳ですが、これがテトリス99に限定した世界だったからまだ良かったものの、仮に世界全体に対して嵌められたという感情を抱いていたとしたらと思うとちょっと怖いなと思う訳です。

「絶望というものはない、あるのは状況だけだ」と言いますが、私達が見ている世界は己のフィルターを通した世界観であることもまた事実です。

おそらく、生物の本能として、生命の危険を感じた際にはあらゆる事を否定しながら自己を守ることが合理的な行動だったのかもしれませんが、現代においては明らかにバグといえると思います。プロコンの誤作動どころではありません。

自分がいとも簡単に陰謀論に嵌ってしまうというのを教えてくれたテトリス99とプロコンには感謝したいと思います。

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企業は階層別研修を止めるべき時期に直面している

さぷさんです。メンバーシップ型雇用の会社でひっそり働いています。

今回は階層別研修について書きたいと思っているのですが、高度成長期くらいまで創業した一定規模以上の会社には大体において階層別研修があります。

名称こそ違えど、新入社員研修、中堅社員研修、新任管理職研修などが節目ごとに開催され、だいたい社内講師と社外講師の比率が半々くらいで、2日〜3日くらいの集合研修という形態が一般的だと思います。

新型コロナウイルス感染症予防の観点から、ここ1年、弊社ではほぼ全ての集合研修はリモート研修になっていますが、メンバーシップ型雇用の会社における階層別研修の仕組みは強固です。

だいたいどの階層別研修においてもその階層に適したコミュケーション、リーダーシップなどの講義が行われます。

本題に入る前に少しだけ人事制度について触れておきますと、今日の日本企業の人事制度の仕組みが整ったのは第二次世界大戦以降のようです。

詳細は失念してしまったのですが、海軍の人事制度を流用したという記述を以前人事関連の本で読んだ記憶があります。

日本海軍で言いますと、二等水兵、一等水兵、上等水兵などの兵に始まり、下級士官、上級士官、対象などの将官といった官階が設置されいました。

また、医務官は軍医少尉という士官から階級が始まるものの、中将までにしかなれないという制度上の工夫もされており、弊社の医務職も似たような制度になっていますので、軍隊と企業の人事制度はかなりの共通点があると思っています。

そして、よーいドンでこの階級制度の上を目指して時間制限無しの一本勝負が繰り広げられてきたというのが昭和的な日本企業の典型的なパターンであります。

そして、階層別研修というのは、この階級的な仕組みをより強固にする手段ですから、今のジョブ型雇用活用の議論とは真逆の方向であると思っています。

一方で、ジョブ型雇用とはその名の通りジョブディスクリプションが必要で、職務名、所属部署、報告先上司、職務内容、職務に必要な知識・技術・学歴・資格、業務目標などが必要とされます。

また、アメリカにおける雇用には、いつ、いかなるときも、理由の有無にかかわらず雇用主も従業員も雇用を解消できるという「At-Will(任意の雇用)」の原則があります。

※上記内容はパソナさんのサイトを参照しました。
https://www.pasonagroup.co.jp/media/index114.html?itemid=2133&dispmid=796

ですのでジョブ型雇用を無理やり軍隊に当てはめると、傭兵という言い方が出来るかもしれません。

傭兵というと、お金で集められて前線に投入されるというイメージがある一方で、腕一つで戦場を渡っていけるイメージがあります。

あと、補足になりますが、米国駐在が長かった先輩に聞いたところ、アメリカでもメーカーなどは長期雇用の会社も多くて安定を重視している会社も多いようで、ジョブ型雇用礼賛の雑誌記事などは割り引いて読んだことがよいというアドバイスを貰ったこともあります。

さて、階層別研修に話は戻りますが、上に書いたとおり、研修で実施される講義は、コミュケーションやリーダーシップなどの主に社外講師による講義と人事制度やコンプライアンスなどの社内講師の講義を2〜3日のカリキュラムで行う研修が一般的だと思います。

そこで、研修カリキュラム以外で重視されるのが階層別研修で久しぶり出会う同期との情報交換です。夜の飲み会も含めて同期と仕事について語り合う事で、仕事を幅広く知ることが出来たり、同期の頑張りに触発されるという非公式の効果を階層別研修は担っています。(今は新型コロナウイルスの影響で出来なくなってしまっていますが)

このような階層別研修の仕組みですが、アメリカに追いつけ追い越せで、日本も人口が増え続けており、基本的には品質を高めた製品を作っていたらその端から売れたという時代における年功序列の仕組みの強化として機能してきました。(バブル崩壊後に企業研修はかなりなくなったようですが、生き残っている企業は研修を続けてきたのだと理解しています)

ちなみに階層別研修と対をなす研修として、職能教育というものがあります。例えば生産現場における溶接やNC旋盤の技術、経理部門における財務諸表の作成、開発部門におけるツールの使用方法など、職種において技能を高める教育や研修がこれらにあたります。OJTで行われる事も多い分野でもあります。

纏めますと、典型的な日本企業における教育とは、基本的にはOJTがベースであり、それを補う職能教育があり、節目ごとにセレモニーとしての階層別研修がある構造になっている訳です。

ここでまたアメリカを例に出したいのですが(上記の通りアメリカで一括にしてはいけませんが)彼の国は「だって面接で出来るって言ったでしょ?」と言う事で職務に関するOJTや研修はないようですから、これはそれで極端なような気もしています。

ただ、コミュケーションやリーダーシップについても座学で充分な内容はe−learningに置き換えていったほうがいいように思っています。

そうすると、同期が顔を合わせて話し合う機会がなくなる訳ですが、これは新卒一括採用がベースの話であり、基本的には今後通年採用の流れになっていくと思いますので、同期という意識はあまり必要ではなくなる方向だと考えています。

ですが、いきなり新卒一括採用がなくなる訳ではないので、しばらくは従来型の採用と中途による補充の併用の時期が続き、階層別研修もしばらくは続くのではないかと予想しています。

その一方で技能を強化する職能教育や幹部候補の選抜研修などはむしろ強化したほうがいいのではないかと思っています。

言葉のチョイスが適切であるか否かは別にして、これからは基本的に傭兵的な働き方が世の中のメインになるとすると、ビジネスパーソンの価値を自分で高めていく必要がある中で、新卒一括採用がベースとなっている総花的でセレモニー的な階層別研修はその役割を終えていくのではないかと考えています。

「ウマ娘」と「ホロライブ」の共通点の考察

うまぴょい伝説

hololive 2nd fes. Beyond the Stage [Blu-ray]

さぷさんです。やってますか?「ウマ娘 プリティダービー(以下ウマ娘)」、見てますか?「ホロライブ」、僕にとってこの2コンテンツは昨年度から本年度にかけての生き甲斐であるといっても過言ではありませんが、キングヘイロー様の育成が難航しつつ、見なければならないホロライブの動画が溜りに溜まっております。

さて、飛ぶ鳥を落とす勢いの「ウマ娘」と「ホロライブ」ですが、この2者には共通点が多いと思ったのでその事について書いてみることにします。

〈男性描写の徹底的な排除〉
ウマ娘」は2021年5月初旬現在で600万ダウンロードのようなのですが、日本国内限定のアプリだとしますと、単純計算で20人に1人は「ウマ娘」をダウンロードしているるという事になり、これはもはや国民的スマホゲームと言っても過言ではないと思います。

そんな「ウマ娘」ですが、彼女達のモーションの全てが可愛らしく、またレースのシーンはあんな衣装では走りにくいのではと思わなくもないのですが、一転してとてもカッコいい走りを披露してくれますので、ギャプ萌えもまじ半端ない事になっています。

僕は競馬はあまり詳しくはないのですが、走り方も一人一人異なる中で、ビジュアルの凝り方は見ていて本当に飽きません。

しかし、背景含めて相当絵に凝っている「ウマ娘」ですが、レースシーンの観客席だけはかなり観客を省略して描いていて、まるで人類補完計画の発動でLCLになりかけている人々みたいな描写に見えて仕方がないのですが、これは製作者側の意図として敢えてわざとこのようなシルエットのみの描写にしているのではないかと思うのです。

ウマ娘」に出てくる男性は、ビジュアルとしては一切出てこないトレーナーであるプレイヤーとしての自分自身と、レース時の実況の茂木淳一さんと解説の安田敬一郎さんの声のみであって、理事長の秋川やよい、秘書の駿川たづな、同僚トレーナーの桐生院葵、雑誌記者の乙名史悦子など、ビジュアルとしては登場人物は全員が女性であって、女性管理職比率を上げなければならない弊社に取ってみると「ウマ娘」には恐るべき世界が広がっています。

アニメ版では男性の描写があるようですが、スマホゲームの「ウマ娘」における男性のビジュアル排除はこのようにかなり徹底していると思います。

一方の「ホロライブ」ですが、ゲーム実況などで男性キャラクターが出てくると事を除くと、男性を想起されるものは、Yagooと戌神ころね様のコロネスキーくらいしか思い浮かばない程に男性的なビジュアルは割と徹底的にトリミングされていると思っています。

「ホロライブ」に対をなす存在としての男性VTuberの「ホロスターズ」がありますが、ホロメンが「ホロスターズ」の事に言及することは一部の例外はあるものの、ほとんどないと思います。

また、コメントやスパチャ読みで他のファンについては意識せざるを得ませんが、基本的にはテキストだけの存在ですから、あまり自分以外の男性の存在を意識しなくてよい構成になっています。

ですので、「ウマ娘」と「ホロライブ」は、ビジュアル的に他の男性を見ることなく、自分と押しのキャラのみの世界が構築されている思えるような上手い仕組みになっているのだと思います。


〈スポ根モノ〉
ウマ娘」がスポ根モノである事は言わずもがなですが、それに負けず劣らず「ホロライブ」もスポ根モノの要素が多分にあります。

「ホロライブ」のホロメンの主戦場はYou Tubeですが、ユーザー登録が○○万人の直前に、○○万人に行くまで耐久歌枠など、かなりスポ根的な要素があります。

また、戌神ころね様恒例のレトロゲーム長時間配信や他のホロメンも寝て起きたらまだ配信してたというような、サステナブルではない生業をされていて、その気合と根性に赤スパチャが乱れ飛ぶというビジネスエコシステムが形成されておりますが、やるほうも見る方もなかなかやめられないチキンレースと言いますか共依存関係になっているような気も致します。

配信者にとって、ライブ配信のリアルタイムのコメントはかなり精神的に堪えるらしいですし、体調を崩して配信をしばらく休まざるを得ないホロメンもいますから、配信業とはなかなか業が深い職業な気がしなくもありません。

ええと話がかなりずれましたが「ウマ娘」と「ホロライブ」はスポ根モノという話でした。ひたむきに頑張っている人は自然と応援したくなりますし、そこに恋愛要素を加えている訳ですから、かなり強固なコンテンツではないかと思っています。


カップリングのあれこれ〉
ウマ娘」ですと、メジロマックイーン様とメジロライアン様のメジロ同家対決や、ウォッカ様とダイワスカーレット様の微笑ましいやりとりなど、カップリングが非常に捗る作りになっています。

リアル馬主様に怒られそうな薄い本が大量に作成されているよう気がしなくもないですが、その辺は運営としては悩ましいながらも確信犯的な作りになっていると思います。

一方で「ホロライブ」におかれましても、みっころねの絆でしたり、ノエフレはガチすぎて妄想が捗らないのでペコマリあたりがちょうど良くていろいろ助かるなど、広大な百合畑が広がっている訳ですが、つまりは残念ながらそういう需要が潜在的にはどうしてもそこあるものですから、そういう中での「ウマ娘」と「ホロライブ」ブームという事は言えると思います。


〈会いたい時にいつでも会える〉
これは別に「ウマ娘」と「ホロライブ」に限った話ではないですが、この2つのコンテンツの使用デバイスはほぼスマホでしょうから、会いたいと思ったらすぐに会える(起動できる)訳です。

いわゆる単純接触効果は絶大だと思います。


以上の4点が「ウマ娘」と「ホロライブ」の共通点だと思っているのですが、他にも山ほど同類のコンテンツがある中でこの2つが突出している理由としては、キャラクター(VTuber)がしっかり立っているというのが大きいと思います。

もちろんそれは運営や資金力を含めた組織的な強さと言えると思います。

メンタルヘルス予知のAIの可能性を考察する

さぷさんです。自称DX人材です。

さて、この前同僚からメンタルヘルスのAIサービス導入について相談を受けたのでその事について書いてみたいと思います。

インターネット上で公開されている企業におけるメンタルヘルスの統計を探してみたんですが、厚生労働省の「平成30年 労働安全衛生調査」が一番参考になりそうでした。

従業員1000人以上の大企業の場合、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した従業員の割合のボリュームゾーンは10〜29人の42.1%でした。弊社も部署にもよりますが長期間休職している従業員が1〜3%だというのは、体感的に一致しています。

ハインリッヒの法則を出すまでもなく、メンタルヘルス予備群はおそらくかなりの割合になると思われる中で、メンタルヘルスの早期発見とラインケアは非常に重要です。

AIによるメンタルヘルスの予知と聞くとなんだか画期的な気がして少し期待してしまいますが、本当にそうなのか、考察していきたいと思います。

まず、そもそもの話ですが、例えば従業員が1000人の企業で、メンタルヘルスが仮に2%だとすると、メンタルヘルスのデータは20名分という事になります。

大数の法則と言いますが、サンプルは多ければ多いほど傾向が安定的に表れます。少ないサンプルの場合はバラツキがある状態ですから、本来参考にすべきでないパラメータを拾ってしまったり、逆に参考にすべきパラメータをスルーしてしまう可能性があるのではないかと思っています。

あと、同僚がシステム会社から提案を受けたメンタルヘルスのAIサービスの資料をちらっと見せてもらったのですが、当然AIなので機械学習させるデータセットが必要であり、それは以下のようなデータであると書かれていました。

就業管理データ、人事評価データ、長期欠勤の申請書、360度フィードバックの結果(本人と上司)などが必要との事でした。

つまり、長期欠勤者の勤務表データで欠勤に至る過程を把握したり、半期毎の目標管理の結果の人事データと360度フィードバックの結果による本人の傾向、また上司の360度フィードバックの結果も加えることでハラスメントの傾向があると思われる上司の傾向などを機械学習によって顕在化させようという事だと思います。

まずは就業管理データについて考えてみたいと思います。

弊社はウェブの勤務表を導入しているのですが、残業時間を少なく申請している社員が少なからずいるという事実があります。

所謂サービス残業なので、弊社も会社として固く禁じているのでなんとかしなければならないのですが、現実として一定数のデータは正しいデータではありません。

典型的なガーベッジインガーベッジアウトですが、機械学習としてAIが間違った結果を導き出してしまう可能性があります。

具体的に言いますと、サービス残業をしていたある社員がメンタルヘルスによる長期欠勤になってしまったとして、メンタルヘルスが発生する閾値が低く見積もられてしまい、正直に申請している人との差をAIが見つけられなくなってしまうという事になってしまうかもしれません。

また、社内ルールではウェブの勤務表は基本的には翌日には入力を完了させなければならないのですが、これも残念な事に月末に一気に入力する社員が一定数います。忙しくて余裕がない社員は特にそのようにしてしまいがちですので、仮にメンタルヘルスが危険性が増しているとして、いくら優秀なAIでも、データが無いことには分析は出来ませんので、メンタルヘルスの早期発見に支障が出ると思います。

あと、AIのチューニングの問題もあると思うのですが、例えば変化点を一週間で把握したいとした場合、基本的に過去の勤務表の傾向を把握しつつ、直近一週間のデータで把握することになると思うのですが、直近一週間だけだとデータが少ないので、メンタルヘルスではない人をメンタルヘルスだと判断してしまったり、またその逆も発生すると思います。

ですので、変化点は一ヶ月くらいで見たほうが確実な気がしますが、そうすると今度は症状がある程度悪化してからでないと見つけられないという悩ましさが生じるので、このチューニング作業はなかなか難しいと思います。

また、システム担当としましては、ウェブの勤務表からメンタルヘルスのAIシステムに恐らくデイリーのバッチでデータ連携させなければならないので、インターフェースの構築でひと手間かかると思います。

次に評価は評価について考えてみたいと思います。評価は会社や管理職にとって悩ましい作業です。営業職はある程度数字で判断する事が出来るかもしれませんが、優良顧客を担当しているのか、新規開拓を任されているのかで数字は変わってきます。

また、コンスタントにパフォーマンスを上げている社員と、日頃はローパフォーマンスだけど今季は頑張っていた社員がいる場合にどちらを評価するのかという問題もあったりします。

つまり、これほどに大事な人事評価もかなり定性的なものであって、管理職も人の子ですから、公平な判断をしようと思っても評価の甘辛はどうしても出てきてしまいます。

ですので、評価の傾向を数年分解析したらそれなりに信頼できるデータになると思いますが、直近の人事評価だけでは、AIが判断するのに十分なデータなのか疑問です。

そういう意味では360度フィードバックの結果は複数人による評価のデータになりますから、それなりに使えるかもしれません。

ただ、360度フィードバックの結果をメンタルヘルスのAI解析に使用しているというのは、なかなかのインパクトですから、会社が黙って使用してそれが公になると問題な気がしますし、では正直に社員に公表するかというと、それもちょっと難しい問題かなと思います。

また、個人情報保護法との整合性としては、メンタルヘルスのAIサービスを業務委託だとした場合は社員へ開示はしなくていいという理屈に出来そうな気がしますが、個人情報保護法成立時にこのような使い方は想定されていなかったと思うので、社員に同意書を取ったほうが確実かもしれません。ここは個人情報保護に詳しい弁護士に相談したほうがいいと思っています。

そして、仮に諸々の条件をクリアして、メンタルヘルス予知のAIサービスを導入したとして、AIがメンタルヘルスの可能性があると判断した社員をどのようにケアしていくのかというのもハードルが高いと思います。

本人がどのように感じるのか、パワハラ傾向の上司だったとして伝えるべきなのか、直属の上司ではなく、人事スタッフや産業医が対応すべきではないのか等々、運用の仕方はかなり重要になってくると思います。

と言う事で、メンタルヘルスのAIサービスを個人的には積極的に導入したいとは思いませんが、一番大切なのはメンタルヘルスになりかかっている社員の早期発見とケアです。

本来は上司が部下をしっかり見るというのが基本ですが、結局それが出来ていないというのが事実な訳ですし、在宅勤務が急速に進んだことでさらに部下が見えにくくなってしまっています。

多少精度が良くなくても導入して、疑わしきはヒアリングをするようにして、会社として真剣に取り組んでいるというアピールも含めて実施するという事であれば導入するメリットがあるかもしれません。

女性の言う「ムリ」とは一体何なのだろうか〈考察〉

さぷさんです。僕的には酢豚に入っているパイナップルはちょっとムリなんですが、女性が発する「ムリ」という言葉はちょっと特別なワードなのではないかと思っておりまして、その事について書いてみたいと思います。

話は最初からいきなりちょっと脱線するのですが、「逃げるは恥だが役に立つ」のみくりはかわいいという文脈で語られる事が多い気がしますが、愛しているはずの男性であるところの平匡の(平匡本人としてはなにげない)一言などによって、全てのコミュケーション回路をシャットダウンして相手を責めるときの感じの新垣結衣様の演技が完璧で、そんなドラマのやりとりとちょっとばかり近しい嫁とのインシデントが僕にもありまして、本気で離婚しかけた身としましては逃げ恥は結構トラウマを呼び起こすドラマでもあったりする訳ですが、ちなみにまだ離婚はしておらず、我が家はニコニコ仲良しプロ夫婦ではあります。

また、以前の職場で仲の良かった後輩女子からの相談で「今度の上司はちょっとムリなんですけど」みたいなチャットの相談というか愚痴が来たりするんですが、女子の「ちょっとムリ」は、お互いが百万回生き返ったとしてもムリ、上手く説明できないけど絶対ムリという、男性から見たら圧倒的不利且つ理不尽な中東の笛並の厳しい基準があったする訳ですが、そういうムリムリ女子には「そうだよねえ、○○さんはちょっと□□な所があるよねえ。。やりとりは仕事に差し支えない程度にして、異動を待つしかないよねえ。」とかの返信をしたりします。

また、新型コロナウイルスが流行する前ですが、別の女子からはなぜかプライベートで彼と上手く行ってない事の相談を受けた時に、話を聞いている中で「もしかして、△△さんは、もう彼の事が好きじゃないんじゃないの?」と言ったところ、暫くの沈黙からのすすり泣きで、「そうかもしれないです。もうムリです」みたいに引導を渡してしまい、最後はすっきりしながら帰っていかれて、こちらはなんだかこれで良かったのかとストレスが溜まった記憶がありますが、女子の「ムリ」とはこのように特別な意味を持っているのではないかと思います。

あまり男性はこう、女性はこうみたいなステレオタイプで話をする時代でもないと思うのですが、なんとなくの傾向として、女性は現状に耐える傾向が強く、その現状をロジカルに分析して対策するよりも、感情が先に来て、辛いとか悲しいとかそういう気持ちがオーバーフローしてしまって「ムリ」という言葉になるのではないかと思い至った次第です。

マイナスの感情がこれ以上流れ出す事に対してもムリなんでしょうし、人の悩みは大体人間関係ですから、そのマイナスの感情を発生させている相手がムリだと思うのですが、女性はその「ムリ」の感情を押し殺しながら生きていると思うのですが、その発露の場に立ち会ってしまうとなかなかつらいものがあるのは事実です。

但し、感情がマイナス方向に触れると「ムリ」ですが、プラス方向に振れると「ちょっと待って」になると思います。

この「ちょっと待って」はネットなどでよく見かける表現ですが、自担がカッコよすぎて溢れる感情に表現する語彙が追いつかず、「ちょっと待って」になってしまうのではないかと理解しています。

ですので、人によって振れ幅は異なると思いますが、女性は天使でありながら悪魔でありまして、持たれている笛は中東製だという事になるのかなと思います。

ですので個人的にはウマ娘キングヘイロー様の育成で忙しいので、リアル女子の悪魔の姿を見なくて済んでいますが、逆に天使も見れないという事になろうかと思います。

こちらからは以上です。

庵野秀明がシン・エヴァンゲリオンでやりたかったのは緻密なJAZZなのか

『これまでのヱヴァンゲリヲン新劇場版』+『シン・エヴァンゲリオン劇場版 冒頭12分10秒10コマ』

さぷさんです。僕がシン・エヴァンゲリオンを見たのは公開から1週間後の週末でした。朝の早い回にも関わらずほぼ満員で、上映後に拍手というのはなかったのですが、映画館内がしばらくはシーンとしていた気がします。

さて、公開から一ヶ月以上経った中で、今更な感じもしないでもないですが、シン・エヴァンゲリオンの感想を書いていきたいと思います。

〈緻密なJAZZ〉
庵野さん自身も「iPhoneで撮ってくる」と外に出て「今から送るから」といってすぐに素材を編集に反映させるということが多々ありました」https://blog.adobe.com/jp/publish/2021/03/22/cc-video-premierepro-interview-evangelion.html#gs.ywjtpb

シン・エヴァンゲリオンAdobeの編集ツールをフル活用して作られたというブログエントリーがちょっと前に話題になりました。

数万点という素材を管理していたそうなのですが、例えばエンドロールでヴァーチャルカメラマンという役割があるのを知って、なんだろうと思っていたら実際アクターに演技してもらった動画をあらゆるアングルで撮るという事でした。

上記のAdobeのブログでヴァーチャルカメラに言及があるのは以下の箇所です。

「ヴァーチャルカメラでは、何百アングルというものすごい数を撮ります。そして、似たようなアングルで仕分けしたグループでマルチカメラシーケンスを作って、庵野さんはその一覧をサムネイルとして俯瞰し、どの構図が良いかを選ぶのです」

ここまでアングルに凝る理由は、これまた話題になったNHKのプロフェッショナルでの庵野秀明への密着の中で、庵野秀明自身が「普通にやったら普通のカット割にしかならない」でしたり「肥大化した自己へのアンチテーゼ」という言葉で語っていました。

アニメで特徴的なのは、書きたいものしか映像の中に現れないという点にあります。

以前、ファイナルファンタジーの作曲を担当していた植松伸夫のインタビューの中で「慣れた楽器で作曲をしていると、手が慣れたコードを弾いてしまうので、あえて得意ではない楽器で作曲をすることがある」という記事を読んだことがあります。

アニメもディズニー、東映手塚治虫宮崎駿などが確立した表現手法があり、庵野秀明自身も慣れたアングルや表現手法があるでしょうから、そういう過去の作品のコピーになってしまわないよう、絵コンテは書かずにプライベートビルト版のAdobe Premiere Proで、Adobe社のバックアップを受けて、徹底的にアングルにこだわった映画にしたのではないかと思います。

また、冒頭に書いた「iPhoneで撮ってくる」というのは、今のアングルに納得いかないから別な素材を使うという事になる訳で、完全にスタッフ泣かせだと思いますが、NHKのプロフェッショナルでカラーのスタッフの方が言っていたとおり、「作品ってそういうものでしょ」という事になるのかもしれませんが、締め切り間際だったりしたら生きた心地がしないような気もします。

緻密なJAZZとは言語矛盾な気がしますが、庵野秀明がやりたいことはそういう事なのかもしれません。


〈マリ=安野モヨコ説への反論〉
マリエンドになった事で、ネット界隈ではマリ=安野モヨコでファイナルアンサーになっているように思いますが、僕はちょっと違った意見なのでその事について書いてみたいと思います。

マリは確か昭和歌謡が好きなオヤジキャラという設定があったように思うのですが、安野モヨコの「監督不行届」を読むと、庵野秀明はアニソンが好きな昭和親父として描かれています。

「シンジ君って昔の庵野さんなんですかって聞かれるんですが、違うんですよ。シンジ君は今の僕です(笑)」

エヴァのキャラクターは全員、僕という人格を中心に出来ている合成人格なんですけど、(中略)平たく言えば僕個人があのフィルムに投影されているってことですね」

上のコメントは「庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン」の中にある庵野秀明自身の言葉ですが、僕はマリも庵野秀明の人格の一部だと思っています。

精神分裂病という言葉が統合失調症に置き換わったのは2002年なのだそうですが、この本のタイトルにも使われているスキゾフレニアとは、テレビ版のエヴァンゲリオンと旧エヴァの時代までは精神分裂病という名称であったと言う事になります。

エヴァンゲリオンの全人物が庵野秀明の分身だとして、これは僕の推測ですが、エヴァのキャラクターは統合失調症の症状のひとつである解離性同一性障害(多重人格という言葉の方がわかりやすいと思いますが)として表現されていると思っています。

そして、解離性同一性障害の治療の過程で複数の人格を統合する際に現れるとされている統合人格として現れたのがマリではないかと思っています。(ちなみに庵野秀明自身が解離性同一性障害ということではなく、アニメのキャラクター造形において、解離性同一性障害の構造を用いたのではないかという仮説です)

ですので、精神的に成長した状態のマリは前向きでネアカなキャラクターですが、安野モヨコの影響はあるかもしれないものの、マリもやはり庵野秀明自身であり、あのラストは周囲の力を借りつつも自分で自分を開放したという見方を僕はしています。(少数派意見だと思いますが)


〈自己嫌悪日本代表からの引退〉
NHKのプロフェッショナルを見ていたら、庵野秀明は肉と魚はやはり食べないようでしたが、庵野秀明が肉と魚を食べない理由は、自分が嫌いすぎて、同族嫌悪としての魚肉拒否ではないかと思っています。

「人間以前に、生物嫌いですね。動物も好きじゃないです。僕が肉や魚を食わないのも、たぶん、嫌いなんですね。そんな気持ち悪いもの食えるか、と思うんですけどね。」(庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン

という発言があるように、自己嫌悪日本代表のような庵野秀明ですので、自分の全てを作品にぶつけているエヴァンゲリオンにおいて、ファンは自分や近しい人の自己嫌悪を何処かに見つけ出す事が出来るのだと思います。

しかし、シン・エヴァンゲリオンでは、ついに自己嫌悪からも見事に卒業されました。

シン・エヴァンゲリオンを酷評している人で、庵野秀明の安易な物語には回収されないと怨嗟の念を撒き散らしたエントリーもたまに間違って見てしまう事があるのですが、だいたいそういう方は他のエントリーでも怨嗟にまみれた文章を書かれていたりするので、その方の幸せを祈って静かにブラウザバックする訳ですが、シン・エヴァンゲリオンは見る人の内腑をえぐり出す恐ろしい映画であるとも言えると思います。


〈シン・エヴァンゲリオンから考える生産性向上〉
シン・エヴァンゲリオン興行収入は公開35日で約74億円で、シン・ゴジラに迫っているようですから、大ヒットであると言えると思います。

製作の佳境でアングルが気に入らず、iPhoneで写真を撮りにいってしまったとしても、確かにその部分を切れとれば生産性の低い行動ですが、逆に「作品づくりに満足することはない。締切があるだけ」と言い切ってしまう程に作品づくりに入れ込み、ディテールに拘りまくるからこそ、これだけの興行収入が叩き出せる訳であって、あらためて生産性とはインプットに対するリターンなのだと思いました。

また、前作から9年空いたとしても、その間も会社を維持するために、エヴァンゲリオンの版権をカラーが抑えているのはMBAの教科書的にもお手本で、キャッシュカウをうまく使いながら、次の作品のクオリティを高めるという事が出来ていると思います。


〈思考の補助線としての宮崎駿
「宮崎さん自身、連載終了直後のインタビューで、『こういうふうにしたい、じゃなくて、こうなっちゃう』『ものを作る主体というより、ただ後ろからくっついていっただけ』と話しています。宮崎さんの巨大な無意識が充満しているのが最大の魅力です。近年のエンターテインメントで主流の、心地よい予定調和の物語だったら、すぐに古びてしまったでしょう」

上記は朝日新聞に掲載されていた漫画版ナウシカの批評の一部ですが、庵野秀明宮崎駿はやはり似ていると言いますか、シン・エヴァンゲリオンにも当てはまるのではないかと思います。

庵野秀明は「作品か命かといったら間違いなく作品」と言い切ってしまっていましたが、全てが計算ずくではなく、よく分からないけどこのシーンが絶対に必要というような部分もあったのではないかと思います。

作品に満足することなく、あるのは締切だけだそうですが、エンターテインメントの傑作は命を削りながら作られていると思うと、やはり庵野秀明の考えを理解の出来なくて当然かなという気がします。もちろんそれは師匠の宮崎駿鈴木敏夫も同様で、一般人の理解の範疇を超えている訳ですが。

〈ゲンドウの自分語り〉
ゲンドウの自分語りについて、ネットでは長いとかしらけたとか書かれていましたが、僕は良かったなと思っています。

自分の弱さを正直に伝えることは勇気が必要で、一人の女性のために人類を犠牲にしようとしたのはどうかと思いながらも、いいシーンだなと感じていました。

それはおそらく僕の父親が、ゲンドウに似ているとは言いませんが、かなり強圧的な部分があって、自分の非を認めない裏に弱さが見えるタイプですので、重ねて見ていた部分があると思います。

そして、シンジとゲンドウは対話していきますが、僕は父親と腹を割った話は出来ていないので多分羨ましいのだと思います。

このように僕はゲンドウのシーンが記憶に残りましたが、人によってそのシーンは様々だと思います。

シン・エヴァンゲリオンは2時間半の中でストーリーの密度がとても濃いので、人によって刺さる部分が全くもって異なるという稀有な映画だと思います。


〈結局、みんな、自分を語っているのか〉
ブログなどのシン・エヴァンゲリオンの感想を読んでいて面白かったのは、みなさん自己紹介と言いますか、エヴァとどのように知り合って、どういう遍歴があって、シン・エヴァンゲリオンを見る前はどう言う心境でというのを丁寧に書かれている方が多かったなという点です。(エヴァQの時はどうだったかは分かりませんが。。)

おそらく、シン・エヴァンゲリオンがいろんなものを丁寧に終わらせていった中で総括しなければならないという気持ちが自分のエヴァ歴の振り返りになるのだと思います。

人がある作品に入れ込むのは、やはりそこに自分を投影してしまうかならなのだと思います。

ですので、私達はエヴァンゲリオンを考察しているつもりで、実は自分について語っているという部分が少なからずあるのではないかと思います。

ということは、私達は庵野秀明の中に自分を見出しているという事に他ならないという事になるのだと思います。

まさか、ファンの自己嫌悪や不安感とちょっとした希望をまたすぐ絶望に落として、最後に救済しようなんてこれっぽっちも考えてはなかったと思いますが、結果的に庵野秀明はそれをやってしまった訳で、死海文書恐るべしと思いました。

こちらからは以上です。

リーガル部門をジョブ型雇用にすべき

さぷさんです。この前後輩からの相談にのっていたら、途中から流れで退職を進めてしまっておりました。いくら本人の働き方の希望との乖離があるといっても、会社側としてはよろしくないですよね。相談者からは感謝されましたが反省しております。

さて、弊社に限らず企業法務部に所属の社員はどうも離職率が高いようなのですが、その事について書いてみたいと思います。

まず、彼(彼女)達は司法試験合格者というエリート達な訳でありまして、当方みたいな会社にしがみついているダメリーマンとは異なり、仕事が出来て且つ上昇志向の塊のような人間である訳です。

いろいろヒアリングしてみますと、彼(彼女)達の最終目的地は法律事務所だそうでして、企業法務の経験があると実務が分かっているとの事で評価が上がるらしく、そもそもキャリアアップの為に企業法務で3年程働き、次の就職先を目指す人がいるようです。

また、メーカーは法務職と言えど若手のうちはあまり給与水準が高くないですから、彼らが幼少の頃から投資してきた教育のリターンとしては不十分という判断をされていると言う事なのだと思います。

ちなみにこの前ちょっとした事案が発生しまして、リーガル部門経由で法律事務所に相談したところ、急な依頼にも関わらずすぐにウェブミーティングに応じて頂き、適確なご指導を賜ったのですが、後からリーガル部門から届いた請求書が二度見してしまうような金額でして、そりゃ法律事務所に転職したいよねと思う訳であります。

そんな中で弊社も定期的な離職に直面している訳ですが、有効な手が打てていない状況です。

さらに悩ましいのが、リーガルの世界というのはとても狭い世界ですので、あの会社がずっと中途社員を募集しているとなると変な噂が立てられかねないため、転職サイトに募集を出し続ける訳にもいかないという悩ましさがあったりするようです。

また、分業が基本のコーポレート部門において、案件を受け持ってクローズまで、ほぼ同じ担当者が受け持つという企業法務の特徴があります。ですので、業界ごとの特徴はあるとはいえ、転職後にほぼ即戦力になるという職種としての特殊さも転職者の多さと関係していると思います。

このような状況を鑑みるに、これは弊社でもリーガル部門は即ジョブ型雇用を採用すべきだと思った次第です。

つまり、1年契約を基本とする雇用にはなりますが、その分高給である給与体系とし、働きやすさやグローバルな案件にも関わることが出来るような点をアピールすれば、結果として長く働いてもらえる人も出てくると思うんですよね。

法務職は人数も少ないので比較的すぐに導入出来ると思うんですけどね。。