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さぷログ

メーカーの人事部門で働いています。

日本人は反知性主義にはならないと思う理由

さぷさんです。知的なブログを目指しています。

さて、最近日本学術会議の任命問題もあって、新聞記事などでこれは反知性主義ではないのかと書かれているのを目にする事があるのですが、本来的な意味から言って、日本人は反知性主義にはなり得ないと思うのでその事について書いてみたいと思います。

反知性主義の事を誤解を承知の上で一言で言い表すと以下の通りになると思っています。

「私は正しいと信ずるから正しい」

トートロジー全開で何を言ってるかわからない方もいらっしゃると思いますが、ちょっと僕の話を聞いてください。

まず、反知性主義が生まれたのはアメリカです。

そしてその新天地アメリカに上陸したのは、メイフラワー号でプリマスに上陸したピルグリム・ファーザーズです。

ピルグリム・ファーザーズとは、信仰の自由を求めたピューリタンで、カルヴァン派プロテスタントです。

カルヴァンと言えば予定説です。神以外人間を救うことが出来ないとし、聖書の教えを守る事を重視し、教会の既得権益を否定しました。

つまり、このような歴史的背景を持った人々がアメリカでいわゆるキリスト教福音派と呼ばれている人達に受け継がれています。

ですのでキリスト教福音派は聖書の教えを絶対視し、進化論を否定してインテリジェントデザイン信じて地球の歴史は長くても7000年くらいしかないと本気で思っていたり、人工妊娠中絶に反対したりします。

そしてキリスト教福音派として大切なのが回心経験で、上手く表現できないのですが、神の啓示を受ける劇的な個人体験を重視しています。

この回心体験とアメリカ流自己啓発のつながりが大変興味深いのですが、それは別の機会に譲るとして、つまりどういう事かと言いますと、神を絶対的な基準として、ゆらぎない信仰を獲得する事が大切で、古くからの既得権益を疑いの目で見るというのが僕の反知性主義の理解です。this is meって感じですね。

一方で日本人というのは他者との関係性において自らが位置づけられるという特徴を持ちます。

一人称を考えたとき、僕の場合は、ブログでは僕、会社では私、子供たちの前ではお父さん、友達といる時は俺、など状況に応じて主語が変わります。英語はIのみですから、どえらい違いです。

つまり、大多数の日本人が何か絶対的なものを基準においているかと言われたらおそらくそのようなものはほとんどなくて、常に他者との相対的な位置関係の中で流動的な私がいるという構図です。

絶対的な拠り所があるとすれば天皇陛下を頂いているという事はあるかもしれませんが、戦争中の一時期を除いては強烈な信仰という事ではないと思います。

よってアメリカにおける反知性主義とは、揺るぎない信仰と既得権益への疑いの目がセットであるにも関わらず、日本では後者のみを指しており、反知性主義という言葉から連想される不勉強な反インテリみたいな文脈で言葉の強烈さのイメージだけで記事にしているように感じています。

そのような記事は信用ならないなーと思いながら読むようにしています。

ちなみに僕が反知性主義関連で読んだ本は以下の通りです。

森本あんりさんの反知性主義は面白かったです。ファンタジーランドは上が個人的にはよかっですね。

反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―(新潮選書)

ファンタジーランド(上): 狂気と幻想のアメリカ500年史

ファンタジーランド(下): 狂気と幻想のアメリカ500年史

ブレイクしなくてもいいと思う理由

さぷさんです。今から書くことは負け惜しみです。

僕は以前別のブログを書いていて、今は放置しているのですが、確か約5年間で9万アクセスくらいだったので、そこそこがんばっていたと思います。

忙しくなって更新が疎かになって、ついには放置した訳なんですが、最盛期はそれなりにアクセスがありました。

この前そのブログを見に行ったらまだしっかり残っていて、かれこれ10年近く放置している年代ものなワケですけど、当時ブックマークさせて頂いた他のブログ様も拝見してみたところ、軒並み荒野(失礼)みたいになっていました。

一時期は充実していたエントリーが徐々に更新頻度が減っていき、凝っていて素敵な写真が多かったのに、最後となってしまったエントリーは当時の画素数の低いスマホガラケーのカメラのぶれぶれの写真という世の無常感とそれがデジタルデータで一切劣化せずにインターネットの海に残ってしまうというせつなさが秒速5センチメートルでした。どれほどの速さでクリックすれば、君を忘れられられるのでしょうか。

さて、僕は炎上したことはなかったんですけど、アクセス数が増えると変な人が増えてきたという経験はあります。

明らかに文章読解力がない人や、粘着的な人が増えてしまってエントリー更新後のコメントにびくびくしていた記憶があります。

また、マウントを取ってくる人もいる訳なんですが、そういう人は自分の方が優れているという事を言いたいだけなので議論が成り立たないと言いますか、そもそも議論する気もないというのが分かったので、コメントは承認制にしていました。

そんな訳でブログやSNSで注目されるとノイズが増えるのは常ですが、以前有吉弘行がこんな事を言っていたのを覚えています。

「ブレイクするって、バカに見つかるって事なんだよね」

なかなか強烈な言葉ですが、ある人物を見つけ出す為のコストが何らかの理由で高いとすると、わざわざその人にアクセスした人は偶然か、はたまた苦労してその人のコンテンツにたどり着いた訳で、リテラシーは高めという事は言えるのではないかと思います。(その結果いいものにたどり着く場合と、やはりごみの場合はそれぞれあって、後者の確率は高いわけですが)

しかし、ブレイクした場合はアクセシビリティが高くなりますから、容易にその人に辿り着く人が増える中で、自分の有意性を誇示したかったり、善意なんでしょうけど予想外の方向から理解に苦しむアドバイスを頂いたりする事が増えるのだと思います。

ですので完全に負け惜しみですけど、生計を立ててる訳じゃない完全な趣味のとしてのブログは、ブレイクしない方がいいと思うんですよね。

僕のブログは1日10アクセスくらいなので、見に来て頂くありがたい人がいらっしゃいますし、炎上もしないという事でとてもちょうどいい感じなんですよね。

これがTwitterなんかだと、時間をかけて気合を入れたツイートをしたらたまにバズる事があって、僕はアカウントごと削除したのでもう残ってないのですが、一番いいねがついたのは400いいねくらいだった記憶があります。(普段はヒトケタの前半かゼロでしたが)

この、Twitterという円形格闘技上でフォロワー、いいね、RTが可視化され、常に多くのユーザーが数を求めてTweetしまくるという舞台に参加する事に疲れて引退した訳ですが、文章を書くこと自体は好きなので、ブログをほそぼそと続けている訳です。

あと全然関係ないですけど、ブログでアクセス数上げるためには取り敢えず100記事書けみたいな意識高い系のインフルエンサーの言説を見たりしますが、量で質を上げることに異論はないのですが、面白くない記事を100個書いても面白くない記事が100個残るだけですから、この分野なら多分自分が1番よく知ってるというネタを投入したり、面白いと思っていたりすることを書くのがとても大切だと思います。

また、時事ネタを誰よりも早くアップするという幻○舎商法もアクセス稼ぎという意味では有効ですが、やっていて疲れますし、好きなことを書くのが1番だと思いますね。

ですので、話を戻しますとブレイクしてないのにブレイクしなくていいと言うのはかっこ悪いですが、ブレイクしなくていいなと思っているのは本当です。

電子契約についていろいろ調べてみました

さぷさんです。分析は得意ですが実行は苦手です。

さて、この前上司から「役員の○○さんが電子契約に興味があるらしくて、ちょっと資料作ってくれない?」と言われ、「それって、△△部の仕事じゃないですか?」と言いたい気持ちを飲み込んで丸2日かけて資料を作りました。

弊社も典型的なドメスティックカンパニーですから、メンバーシップ型雇用全開で、個人的なつながりでタスクが配分される事が往々にしてある訳ですが、「なんであの人があんな仕事してるの?」と言われる状況が作られていくのが我々ジャパニーズ企業です。

僕も日経新聞で電子契約の記事を読んでてもわかったようなわからないような感じだったので、まあいいタイミングかもしれないという事でできる範囲で徹底的に調べてみました。(但し間違いがあるかもしれないで、お気づきの方はご指摘頂けますと幸いです)

まず、弊社はコンプライアンスが何より第一ですから、電子契約にどのような法律が関わっているのかを調べてみました。

結論から言いますと「電子署名法」「電子帳簿保存法」「電子委任状法」の3つの法律をクリアすれば良さそうです。

電子署名法」で大切なのは第3条で、ここで電磁的記録の真正な成立の推定というのを定義しています。以下短いので全文記載します。

《第三条 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。》

たったこれだけなんですが、電子署名法が施行されたのは2001年であって、この当時は公開鍵暗号方式を前提として法律を作られたみたいなのですが、今後新たな技術が生み出されるかとしれないという事であえて簡潔にしたという事のようです。

また、公務員が職務上作成したものを除くというのがちょっと気になりますが、国や市区町村には別の法律を適用するという事なのかもしれません。

あと、必要な符号及び物件とは、パスワードやIDカードなどを指しています。

この条文の解釈をめぐって従来は公開鍵暗号方式のみが真正性の成立を担保できると解釈されていたところ、今年の9月に総務省法務省経済産業省が連名で出した第3条に関するQ&Aで電子署名クラウド事業者が大盛り上がりしていますが、それは後述します。

次に「電子帳簿保存法」ですが、帳簿や決算関係の文書に関する法律です。所管省庁が国税庁ですから、身も蓋も無い話をすると、税務監査の際に「資料をすぐ見せられるようにしておくように」とお国が言っていると思うと理解が早いかもしれません。

ですので、対象文書は総勘定元帳や仕訳帳、現金出納帳といった帳簿類と、貸借対照表損益計算書などの決算書類、そしてエビデンスとしての見積書や請求書などが対象とされています。この中には契約書も含まれます。

そして大切なのが真実性の確保と可視性の確保とされています。改ざんや廃棄があってはいけませんから、当然ですね。

また、電子帳簿で保存する際は事前に税務所長の承認を得る必要があります。

最後に「電子委任状法」ですが、法学的に代理権という深遠なテーマがありまして、ものすごくざっくり言いますと「それって本当に代理として適切なの?本人をだましたり不利にしちゃってないの?濫用しちゃってないの?」という事なのですが、詳細な説明は省略します。

それでもって、上でも少し書きましたが今年の9月4日に「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法第3条関係)」という長いタイトルの文書が出されました。

上にも少し書きましたが、この文書のインパクトはかなりありまして、最初に結論から言いますと、クラウド型の電子署名も要件を満たせば電子署名法第3条に反しないという事を3省合同で宣言した訳であります。

その要件とは、ログインの際のパスワード入力とパスワード入力後の携帯電話での2段階認証などの本人が実行しないとログイン出来ないような方式を指しています。

これも後述しますが、電子契約のサービスは大きく言いますと3つに別れており、「当事者型」と言われる従来の公開鍵暗号方式のサービス、「立会人型」と呼ばれるクラウド型のサービス、そして残りの一つはまだ定義名が固まってないようなので本エントリーでは仮に「メール認証型」とする簡易的なタイプの3つのうち、「立会人型」に対してお墨付を与える文書になります。

これで俄然DocuSignさん、Adobe signさん、Cloud Signさんが盛り上がっている訳です。

そういう事で電子契約の各事業者の分類なのですが、上に書いたとおり3パターン存在するので、自社で電子契約を検討する際に、どのタイプの会社と話をしているのかを明確に理解することが重要です。

まず「当事者型」ですが、これは従来からある公開鍵暗号方式による電子契約のサービスであり、電子署名を契約当事者の双方に発行した上でタイムスタンプも付与し、真正性を担保するという方式です。

電子署名は捺印の代わりになり、電子文書の当事者性と改ざんが無いことを証明するものです。タイムスタンプはざっくり言いますと作成日時の証明と、作成日時以降の改ざんが無いことを証明するものです。この2つを用いて紙の文書と同等の真正性が担保されるという理屈になります。

そして何故「当事者型」が普及してこなかったかと言いますと、契約書や見積書というものは必ず相手がいるものですから、もう一方の当事者に同じシステムを導入してもらう必要があり、証明書も1通4000円くらいかかるなど、印紙が不要というメリットを考慮してもデメリットと手間がかかる方式の為に普及してこなかったのだと理解しています。

最近業界団体を立ち上げて異なるシステムであっても使えるようにするという新聞記事を見たような記憶もありますが、「立会人型」にお墨付が与えられた事により、あまり普及しないのではないかと思います。

そしてその「立会人型」ですが、このタイプではクラウド上に電子文書を保存するという方法を取ります。

もちろん電子署名とタイムスタンプは電子文書に付与されるのですが、ポイントなのは契約の当事者の電子署名とタイムスタンプではなく、クラウド事業者の電子署名とタイムスタンプが押される訳であって、ここが従来の電子署名法第3条の解釈では「立会人型」に適用されないというが通説でしたが、上述の通りお墨付きが与えられました。

最後に「メール認証型」ですが、こちらもクラウドを使用する点は「立会人型」と同じなのですが、証明書の発行はなく、片方の当事者がアップロードした文書をもう片方の当事者が承認するというやり方のようです。主にメールでのやり取りで済ませる事が出来るので本エントリーでは「メール認証型」としましたが、一般的な用語にはなってないと思いますのでお気を付け下さい。

そして、「メール認証型」にはお墨付きは与えられていない点にも注意が必要です。例えば紙の見積書の発行業務が多い会社などは導入するメリットがあると思いますが、契約書には向かないと言うことで、会社の目的に合わせてサービスを選定すべきと言う事ですね。

また、電子契約を導入する際に気を付けなければならないのは、印紙と紙の契約書の保管場所削減は明確なメリットと言えますが、業務効率化には必ずしも繋がらない可能性があり、場合によっては非効率になってしまうかもしれないと言うことのようです。

ということで、弊社で社長印が必要な契約書の捺印までのフローを担当者にヒアリングして確認したのですが、なかなか複雑怪奇なフロー図が出来上がりました。

確かにこれだけ面倒くさいフローを実施していれば、代理権の濫用や社内犯罪の可能性は排除出来そうだなとは思いますが、同じフローのまま電子契約を導入するとしたら、紙があるからなんとかフローを回せていますが、電子契約のサービスに複雑なワークフローに対応する機能があるとは思えません。

かと言ってこれまた複雑怪奇な弊社のワークフローシステムにも載せたくないですし、かと言ってメールでやりとりして最後に電子契約のシステムに載せるとした場合、メールでのやり取りが煩雑極まりなくなります。

また、相手のある話なので、相手方への説明も必要ですし、社内への説明会も必要です。

捺印業務の廃止はもちろん総論として賛成ですが、個別の話になると途端に難しくなる一例ですね。

ただ、新型コロナウイルスの影響もあり、やらなけらばならない優先度が高まったのは間違いありません。

マーケティングにあまり興味がなくなった理由

さぷさんです。マーケティング業界の片隅の片隅にいた事があります。

学生の頃はマーケティングという言葉になんとなく憧れを抱いていたものですが、さっぱり興味がなくなったのでその事について書いてみます。

マーケティングとはとどのつまり「売らんかな」です。法律に違反しないようにだけ気を付けて、売れたらいい訳です。

ある商品なりサービスがあったとして、認知してくれないと売れないのは当然ではありますが、前提としての商品やサービスそのものが持つ魅力ってとても大切だと思うんですよね。

あと最近はESG経営とか言われてますけど、その商品なりサービスが持っている社会的な使命がより重要とされていると思います。

どういう思いでその商品やサービスを世に出して、その使命を果たそうとしているのかということにお客さんも社員も株主や地域社会といったステークホルダーもより注目するようになってきました。

それを目的とした時に「売らんかな」というのは手段ですから、売れないと話にならないのできれい事かもしれませんが、例えばプロダクトローンチとかの「売らんかな」の手段ってあまり好きになれないんですよね。

クオリティは問わず、話題になってる内容を即時リリースするのが得意な幻○舎のビジネススタイルとかも個人的にはちょっと購入は控えますね。何回か見事に引っかかったのですが、もう買わないと思います。

ただ、マーケティングの本で一つ印象に残っている本がありまして、「お酒は興奮剤か鎮静剤か」という問から始まって、最初は興奮するかもしれないが、あとから鎮静化する。みたいな事が書いてありました。

どのようにマーケティングと繋がるかと言いますと、販売奨励金を出して一時的に売上を増やしたとして、需要の先食いをしているだけだから、販売奨励金をやめるか、そうでなくてもある時期が来たらがくんと落ち込むみたいな事が書いてありました。

古い話ですが、リーマンショック後の需要喚起策であったエコポイントは、地デジへの以降もあって最初は盛り上がりましたが、今は需要を先食いしただけだという評価のようです。

そういう意味で旅行は何回でも行きたいものですから、GoToキャンペーンは少し違った評価になるかもしれません。

と言うことで僕の好きな格言である「異常値は平均に回帰する」というコトバと似ていて好きな例えなんですが、この本がなんというタイトルの本だったのか思い出せないんですよね。

マーケティングに興味はなくなりましたが、この本だけはもう一度読んでみたいと思っています。(所要時間25分)

時速250ミリリットル

さぷさんです。エナジードリンクは飲みません。健康に悪いですからね。

さて、僕は最近週末になるとやたら眠いというか、昼寝しつつ、夜もそれなりに早く寝てしまうのです。ウィークデーはそれなりに仕事頑張ってるからその反動かなと思いたいところですが、もう43歳のおっさんですし、体力の低下は否めません。

そして、ウィークデーと週末の違いはコーヒーの摂取量です。仕事のある日は大体朝起きてから2杯飲んで、1時間に1杯ペースで飲んでいる気がします。そうすると1日で10杯です。

ちょっと大きめのマグカップで飲んでいるので容量は250mlだとして、カフェインは100mlでだいたい60mgくらいだそうですから、一杯つき150mgくらいカフェインを摂取しています。

ということは、1日10杯コーヒーを飲んでいるとしたら1日のカフェイン摂取量は1500mgです。

そして、1日に摂取してよいカフェイン量は400mgらしいので、軽く4倍弱の摂取量です。

オーバードーズ極まりないのですが、間違いなくカフェイン中毒ですね。タバコやドラッグをやめられない人を「なんでなの?」と思いがちですが、構造は全く同じですね。参りました。

まずは週末はカフェインを摂取しないように気を付けつつ、ウィークデーも10杯はまずいですから、減らしていかないといけないです。はい。(11分)

魔女の宅急便の高畑勲

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さぷさんです。ジブリ作品は大好きです。

さて、上の場面は魔女の宅急便のワンシーンです。トンボが作りかけの人力飛行機の動力部分の自転車に乗り、キキを後ろに乗せて浜辺に不時着している飛行船を見に行く所で、クライマックスにつながるシークエンスです。

自転車が自動車やトラックにぶつかりそうになりながらで高速で坂道を駆け降りるスリリングな一連の流れをよく覚えている人は多いと思います。

しかし、そのシークエンスになる前に、プロペラを推進力にしているせいか、漕げども漕げどもなかなか前に進まずに、キキがトンボに「降りようか?」というシーンはあまり覚えてない人が多いのではないかと思います。

なぜ宮崎駿はこのシーン入れたのか、その答えは上の画像の左側の中年男性です。

魔女の宅急便はご存知の通り架空のヨーロッパの世界を舞台にしているように思うのですが、左側の中年男性はアジア人といいますか、日本人に見えます。

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魔女の宅急便は最初、高畑勲に打診されたそうです。高畑勲は基本的に断るのがデフォルトというような方だったそうなのですが、鈴木敏夫の本にもその辺の詳細が書かれていますが、鈴木敏夫の口車に乗って宮崎駿は監督を引き受けたような状況もあって、ストーリー作りにはかなり苦労されたようです。(実際に原作とはかなり違います)

そのような中で、俺はこんなに苦労している(自転車操業状態である)というのを高畑勲に言いたいが為にこの数秒のシーケンスを入れ込んだのではないかと思うんですよね。

高畑勲高畑勲平成狸合戦ぽんぽこで明らかに宮崎駿をモチーフにしているキャラクターを入れて、試写会で宮崎駿が号泣したというようなエピソードがあるみたいですし、手塚治虫に至っては火の鳥で本人が漫画内に出てきたりしますからね。今風に言うとメタい事を大御所は昔から作品に埋め込まれていたのだと思います。

あえてジョブ型雇用のあら探しをしてみる

さぷさんです。2回転職しています。愛社精神は1社目に置いてきました。

さて、最近の日経新聞はジョブ型雇用のキャンペーン中ではないかというくらいジョブ型雇用押しの記事が多いのですが、ここはあえてジョブ型のマイナス点をあげてみたいと思います。

新聞記事などを読んでいてなんとなく分かってきたのは、ジョブ型雇用は文字通り仕事に人を当てはめるやり方ですから、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に切り替える会社はまず職務記述書を書かせて、その仕事の内容を明確にする事から始まるようです。

そして、おそらくここは相当に難儀でしょうが、その職務の適正給与水準を決定するプロセスが必要です。ただ、収入が増えればいいですが、減るケースも相当に増える中で激変緩和措置とかで、3年かけて適正水準にしていくという工夫が求められます。

また、基本的に特定の職種に従事し続けると言うことですから、人事部を例にすると労務管理、給与や社会保険、教育はそれぞれ専門性がありますから、それぞれでキャリアを極めることになります。

これにプラスして、人員の募集は社内公募が大々的に行われる事になり、社内公募に応募する事でキャリアチェンジする道は開けます。その上で社内公募で人が集まらなかった場合は社外公募というプロセスになるのではないかと思います。

以上がジョブ型雇用のとてもざっくりした説明になるとして、以下のような課題があるのではないかと思います。

《そのうち生え抜き経営者がいなくなる》
これは中長期的な課題として発生してくると思われるのですが、今は過渡期の入口なので、メンバーシップ型雇用の人材をジョブ型に切り替えるという点で、よく言えばハイブリッド型の人材が育成出来るメリットがあります。

つまり、メンバーシップ型雇用によって、異動を繰り返して会社全般について広く浅く知っている社員がジョブ型雇用によって専門性を身につける事が出来るという事です。

ただ、ハイブリッド型人材の育成のボーナス期は10年もすれば当初の効果がかなり薄れ、ジョブ型で育った期間が長い社員の比率が高まりますから、従来型の社内人材の長期選抜による社長の創出はおそらく終焉します。(社内公募を上手く使ってキャリアチェンジを繰り返して同様の効果を出すことがもしかしたら出来るかもしれませんが、出世を狙ったジョブホッパーは経験上だいたいろくな人材がいません)

ですので、オーナー型企業は別ですが、多くの企業ではプロ経営者を招かないと社長が務まる人材が社内にはいないという状況が発生する事が予想されます。


《会社とのドライな雇用関係の負の側面》
メンバーシップ型雇用の会社の社員は、モチベーションが高いか低いかは別にして、エンゲージメントといいますか、会社への忠誠心はかなり高い状態にはあります。

ですので基本的には労使強調ですし、割と性善説で会社の業務がまわります。

しかし、ジョブ型雇用を拡充する場合は、社員一人ひとりにプロ意識を高めてもらうと言うことです。プロ意識を高めるということは、自律した個人として会社と対等に向き合う事を求めていく中で、負の側面としては、会社を利用してやろうという社員が今よりも発声する可能性は高いと思います。

罰則規定の明確化や性悪説での制度運用を求められるかもしれません。


《不人気企業、不人気職場の発生》
メンバーシップ雇用の会社ですと、不人気な職場であっても異動の発令が出たら従わないといけないですし、異動したら意外に面白さを見出す事も出来たりするものです。

しかし、ジョブ型雇用によってジョブローテーションがなくなった場合、基本的に社内公募か社外からの採用になりますから、自らの職場の仕事が魅力的であって、働きやすい職場である事をマネージャーがアピールしないと人が来てくれないという事態が発生しかねないと言う事です。

つまり、その部門の仕事そのものの価値(給与水準、成長感、働きやすさ等)が採用希望者の数を左右する中で、人気のある部門は優秀な人材を確保できて仕事の質が高まり、それによって更に希望者が増えます。

一方で不人気な職種やマネージャーがパワハラ気質などの部門は逆の現象が発生し、部門から人が抜けて、充当もままならないという状況が発生します。ここまでくるとマネージャーはクビか降格ですが、マネージャーの力量が明確に求められるというある意味まっとうな世界が出現します。

年功序列への批判はとても強いですが、年功序列をやめるということはこういう事になります。

それでもジョブ型雇用に梶を切りますか?You have the choice. という状況が今の日本に企業に突きつけられている課題ですね。(41分)