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さぷログ

メーカーの人事部門で働いています。

人生で初めて見た名探偵コナンが「ハロウィンの花嫁」だった44歳のおっさんの感想

さぷさんです。ついに月イチ更新するかどうかのブログになってしまいました。

さて、僕は学生の頃はジャンプ派でして、尚且ミステリーは登場人物をなかなか覚えられないので謎解きで爽快感を感じることが出来ないという致命的な欠陥を持って生まれてきたようでして、名探偵コナンの履修は避けてきた人生でした。

しかし、GWの予定がほぼない中で、次男が「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」を見たいとせがんできたので、覚悟を決めて観に行ったところ、なかなか興味深かったのでそのことについて書いてみます。

基本的にはネタバレはしないようにしますが、少し触れる部分もあると思いますので、これから見ようとされている方はブラウザバックをお願い致します。

さて、僕の名探偵コナンの事前知識はコナン君が何か薬を盛られて小学生になってしまったらしい、以上!という圧倒的情弱なおっさんである前提となりますので、情報強者の皆様におかれましては承服しかねる的外れなことを書くかもしれず、そのようなエントリに耐えられそうにない方もブラウザバックをお願いしたいと思います。

さて、ここからが感想となります。

〈オープニングが助かる〉
オープニングのシーンでなぜコナン君が小さくなってしまったのかという説明が簡潔に流れた訳ですが、おそらく僕のような完全初見のお客さんを念頭に作られたの思います。よく理解出来て助かりました。製作者の方におかれましては、誠に感謝申し上げます。

〈20-30分に一回のアクションシーン〉
正確に数えていたわけではないのですが、だいたい20-30分に1回程度アクションシーンがありまして、またそのアクションシーンの出来がとても良いので見ていて飽きない映画でした。

てっきり謎解きミステリーかなとおもっていた中で、感覚的に一番近いのがミッションインポッシブルかなという感想でした。

とくにラストのあの状況でのアクションシーンはやはりどこか見たような気がしつつも、どうやって絵コンテ切ったのかしらと思うような複雑さと凝った作りでした。

〈恋愛モノ〉
ハロウィンの花嫁は恋愛モノの要素もあるわけですが、これは映画に限った話ではなく、単行本が101巻、映画がハロウィンの花嫁で25作目という化け物のようなコンテンツですが、サイドストーリーとしてキャラクターの恋愛にも力が入っているようで、その進展をファンは楽しみにされているようです。

〈熱血刑事モノ〉
ハロウィンの花嫁のインタビューをいくつか読んだのですが、その中で太陽に吠えろを参考にしたという下りを見たのですが、登場人物が熱く語るシーンがあり、熱血刑事モノの側面もあると思います。

ガンダム的な〉
ハロウィンの花嫁の重要キャラクターである安室透のCVは古谷徹さんでした。赤井秀一というキャラクターもいるようで、名探偵コナンガンダムを作中に取り込んでいるとのことで、初代ガンダム派の僕としてはなかなか嬉しかったです。

また、ガンダム宇宙世紀という架空の歴史があるわけですが、名探偵コナンもコナンサーガと呼んで差し支えないくらい歴史的な流れや人物の相関係数が複雑だと思います。

〈渋谷のね〉
ハロウィンの花嫁は渋谷が舞台なわけですが、ヒカリエや宮下パークなど、実在の場所が効果的に使われていますが、僕が大学生の頃に友達のマニュアル車に乗っていて、坂道発進に失敗してクラクションを大量に鳴らされた黒歴史が蘇ったのは誤算でした。

ドラえもん的な〉
コナン君がなぜドラえもん的なハイテクガジェットを使っているのかも冒頭の丁寧な説明で理解することが出来たんですが、今作でも四次元ポケットから出てきてもおかしくないガジェットが大活躍します。小さい子は見ていて楽しいと思います。

〈エンタメのごった煮〉
ということで、名探偵コナンがなぜここまで人気があるのか分かったような気がしてきたのですが、世の中の優良コンテンツをかなり遠慮なく詰め込んでいるように思います。ある時はミッションインポッシブルで、またある時は太陽に吠えろで、そしてまたある時はドラえもんである訳です。

それが借物になっておらず、名探偵コナンという枠組で成り立っているという稀有な作品なんだなと思いました。

テーマパークに例えるとディズニーランドではなくUSJって感じですね。

〈エンタメが現実を超えそうな、超えなかったような〉
本作は現在世界中敵になっているあの国との関わりが冒頭から提示されるのですが、映画作成段階ではまだそのような状況になってなかったと思われる中で、現実を先取りしていることに驚きつつ、現実のほうがさらに悲惨で上を行っていたということになんとも言えない気持ちになりました。

あと、ハロウィンの花嫁のエンタメとして極上の作品であることは間違いないと思うのですが、敵の信念とか、その資金は一体どこから出てるんだろうかとか、ちょっと気になると言えば気になりましたが、それをいうのは野暮というものかなと思います。

次男も満足していたみたいですし、観に行ってよかったなと思いました。はい。

やはりコンサルのキャバクラの仕組みは一緒

さぷさんです。すっかりブログを更新しなくなってしまったのですが、大企業の働かないおじさんから、労働時間が長すぎて人事部から産業医面談の案内が来るおじさんに戻ってしまいました。

その理由の一つがなかなか難儀なプロジェクトにアサインされておりまして、コンサルタントも入っているちょいと規模の大きなプロジェクトなんですが、コンサル選定時はなかなかよくわかってる提案書だなというコンサルに発注した訳です。

で、僕は前職含めて何回かコンサルと一緒に働かせて頂いたことがあるのですが、確かにプロマネの方はこちらの要望を的確に受け取って納得感のある方向性を提示してくれるんですが、問題はその後でして、エース級のプロマネが方向性を決めたあとは、若手のコンサルが後を継ぐわけですが、ここでがくんとレベルが下がる訳です。

若手のコンサルさんの教育の場ではないのだよと思いながら、今日も一部の仕事をこっちに戻してつつ、向こうのプロマネにもうちょっとおたくのジュニアをちゃんと見てくださいと言ったりした訳ですが、まあこれはコンサルあるあるです。

そしてこの仕組みは何かにそっくりだと思うのですが、キャバクラです。(言い訳ですが、付き合いで行くことが多かったです。尚、コロナ禍以降は行ってませんので、それより前の話です)

入店してから、最初に対応してくれるのはエース級のキャバ嬢だったりしまして、美人だし話も面白いので、なかなかに盛り上がるのですが、そんな頃合いにエースキャバ嬢は「指名入っちゃって〜」とか言いながら去っていかれるわけですが、代わりに来るキャバ嬢が、あまり盛り上げるのが苦手なのかやる気がないのか分かりませんが、こちらが逆になんだか気を遣うみたいな感じなったりすることがあるのですが、これも付き合いで行くキャバクラあるあるだと思ってます。

世の中頭の回転が早くて仕事が出来るプロフェッショナルは少ないということなのだとは思いますが、まあ文句を言っても仕方がないですし、こちらからのインフォメーションも少なかったかもしれないので、早めのリカバリをするしかないですね。

会社の弱体化

さぷさんです。この前、キーボードに「た」と打ち込んだら、予測変換が「大変申し訳ございません」でした。僕はどれだけ謝っているのでしょうか。

さて、僕はメーカーのコーポレート部門でノンエッセンシャルワークと言いますか、ブルシットジョブに勤しんでいたりするのですが、出社が増えた昨今、ありがたいことに以前一緒に仕事をしたことがある後輩が訪ねてきてくれることがあります。

当たり障りのない話をちょっとしたあとに、「いまじつはヤバい状況の仕事がありまして」とか、その後輩の仕事というよりも、部全体としてどうなのそれは?というような話を立て続けに聞きました。

まあ、会社で仕事をしているとそんなものかもしれないですが、10年くらい前の業務上のヤバさと今のヤバさは質的なものが変わってきたかもしれないと思ったのでそのことについて書いてみようと思います。

たかだか10年ほど前までは、大企業にとっては残業代の未払いは言語道断でしたが、残業時間は三六協定上限まで働くような状況にあったと思います。

22時頃になるとさすが帰らねば思うのですが、そのときにはまだ僕の他にも数人残業している社員がいたように思います。

翻って今は、19時を過ぎたら僕一人しかいないというような日もあったりなんかしまして、確実に年間の総労働時間は減少しているように思います。

一方で管理部門の仕事なんてそうそう変わらないですし、劇的に減ることもないことを考えると、効率化したのか、質よりスピードを取っているのか、またはその両方なのかと思うのですが、いまいちピンとくるような労働時間の短縮の要因が思い浮かびません。

一つの気になるのが、10年ほど前までは僕が若かったからそう思うのかもしれませんが、会社の全体的な雰囲気として、部長が睨みを効かせ、課長が縦横無尽に動き、スタッフはそれについていくというというような昭和的トリコロール構造があったような気がするのですが、今のイメージは、スタッフは早めに帰り、課長がスタッフの仕事をして、部長が課長化しているような気がします。

つまり、睨みをきかす役割がいなくなってしまったので、あるプロジェクトで必要な視点がごっそり抜けていたり、ルーチン業務のはずなのに進捗が致命的に遅れていてどうキャッチアップするの?みたいな状態が発生しているような気がしています。

昔からそんなもんで、立場が当時よりは少し上がったので見えている景色がやや違うというだけならいいんですけど、なんかちょっと心配なんですよね。

みかんのリスク管理はすごいよねって話と戊辰戦争

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さぷさんです。我が家にはネザーランドドワーフのもこちゃん♀おわしますわけですが、血統書付きの箱入り娘のエサ代が正直ちょっとかかる中で、試しにくず野菜を乾燥させたものを食べさせてみたところ、もこさまはかなりお気に入りのご様子だったので、定期的にバルコニーでドライベジタブルを作っています。

気温にもよりますが、だいたい3日くらいでいい感じに乾燥するような塩梅です。やはり人参が好きですね。

そんな中である日親戚から大量の酸っぱめの柑橘類を貰いまして、家族がほとんど食べない中で、「そうだ、ドライフルーツにしてみよう」と思い立ち、皮を全部剥いて同じ要領で乾燥させたところ、一週間くらい経過してもまだ全然ドライフルーツになりませんでした。

あらためて考えますと、柑橘類は相当に乾燥に強い構造になっているなと思った次第なのですが、まずいちばん外側の皮に守られている上に、さらに房があって、その中に果肉がある作りになっている訳です。

果物は種を守り、無事に発芽させる使命があると思うのですが、リスク管理の視点から見ますと、植物にとって一番恐ろしいのは乾燥です。

つまり、乾燥に対抗するための防御策として、外皮、房、つぶつぶという3つの関門によって乾燥の脅威から種を守っているということがいえると思います。

さらに、房も複数あるわけですから、いくつかが破れて乾燥したとしてものこりの房が生き残ればいいわけです。

さらにふさの中にあるつぶつぶ(正確には砂じょうというらしいですが)の数はかなりの多さですから、乾燥から実を守るという意味では相当に工夫された形態であるのではないかと我が家の狭いバルコニーでしみじみと感動しておりました。まさかみかんにリスク管理の真髄を学ぶとは思わなかったです。多層防御ですね。

そんな中でふと疑問に思ったのが温州みかんです。

温州みかんは当然種がないわけでして、守るべき主のいない城のような状態で人間に食べられることをよしとするのは、武士として一体どういう了見なんだろうと思いました。いや、武士ではないんですが。

ググッてみたところ、温州みかんは受粉無しで果物ができる特性(単為結果性)を持っていて、花粉の受粉能力が低いから種無しみかんができるということなのですが、そんな人間に都合のよい生き方でいいのかとついツッコミを入れたくなる気がしなくもありません。お主は何のための3層構造なんだよと。

で、話は急に変わるんですが、僕の中で戊辰戦争もよく分からなくなってまして、徳川慶喜はさっさと大政奉還してしまった中で、守るべき殿様がいなくなってしまったにも関わらずに戦い続ける意味がいまいち理解できていないんですよね。

ウィキペディアを見ますと、函館戦争は「封禄から離れた旧幕臣の救済」を目的とする「士族反乱の先駆的形態」だそうですが、相手が新政府軍というのはどう考えても分が悪すぎます。

幕末史はあまり詳しくないので、榎本武揚土方歳三の小説でも読んでみようかと思います。みかんを食べながら。

いざこざやトラブルには強力な調停者が必要

さぷさんです。シネコンで「シン・エヴァンゲリオン」を見てから約一年が経つのですが、なんとなくまた見たくなってアマプラで見てみました。

そしてあらためて気づいたのは、真希波・マリ・イラストリアスの出番の多さとその重要性でした。

オープニングのパリ旧市街での戦いから始まり、第三村パートでの出番はありませんでしたが、それ以降はほぼ出ずっぱりと言っても過言ではないかと思います。

マリの初登場は「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」ですから、キャラ的には新参者であるのに、「シン・エヴァンゲリオン」ではシンジくんを除くと主役といっても差し支えない活躍っぷりと、多くのエヴァファンが驚いたマリエンドでした。

巷では、マリは庵野秀明の奥様の安野モヨコではないかとの意見が多かったと思いますが、庵野秀明も確かにそのへんは否定していた記事を見た記憶がありますし、そう単純な投影ではないと僕も思います。

僕が思うマリの理解は、デウス・エクス・マキナと言いますか、これが言い過ぎだとすると狂言回し的な役割としてエヴァを終わらせるためのキャラクターだったのではないかと思っています。

それはもしかすると本来は渚カヲルの役割だったのかもしれませんが、シンジくんを立ち直せるためにループものを思わせるような棺が月に数え切れないほど並べられてしまうという、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」のトム・クルーズも真っ青になりそうな運命を押し付けられてしまい、その氏名の通りエヴァQではDSSチョーカーの呪いを引き取って死んでしまいます。

シン・エヴァでも終盤の大切なシーンで復活しますが、ほぼ万能でシンジくん全肯定のカヲルくんを持ってしてもエヴァの物語に組み込まれてしまい、そこから抜け出す力を持たせられなかったのだと思います。

それほどまでに庵野秀明の自己嫌悪の感情が強かった言うことだったのだと思うわけですが、調停者というのは既存の物語に属すことなく、それ故に「それって別にどうでもよくない?」みたいな感じで解決の道筋を強引につけてしまい、実際にそれを達成してしまう人であって、エヴァという物語はマリという調停者を必要としたのだと思っています。


さて、ここからは話が全然変わりますし、スケールが小さくなってしまいますが、僕が今の会社に入ってからのおそらく最大の貢献は中途入社してから確か2年目くらいのシステムの大改修だったと思っています。

全社的なシステムだったのですが、コード体系がめちゃくちゃになってしまっており、全く理解が出来ないものになっていました。

複雑さによるミスも頻発していましたし、BIツールを使用して偉い人も見れるようになっていたのですが、見たところでさっぱり理解ができない中で役員が怒ってしまい、そのシステムのおもりについてまだ一年ちょっとの僕が改修を担当することになったのですが、ある意味役員案件ですし、僕も個人的にもまずいコード体系だとは思っていた中で、最終的にはかなりの金額をかけて、冗長性も考慮したコード体系にすることができました。

なぜ僕が入社してまだ間もないといえる時期にこういう仕事ができたのかと今あらためて考えますと、逆に入社して間もない時期で、アウトサイダーとしての立場を有効に使えたので、仕事を完遂できたのではないかと思った次第です。

おかしいことをおかしいと言えるのは(言い方は気をつけなければならないものの)最大の強みと言えますので、当時の僕は「これっておかしいですよね?」というのを自分の立場を使いつつ、ステークホルダーに説明して回ることで、同意を取り付けることが出来たと思います。

今は逆に会社の所属歴が長くなってしまい、既存の仕組みを支えている側である中で、抵抗勢力だけにはなりたくないと思っています。

前例踏襲は楽ですが、やっていることが昨日と同じということばかりでは、進歩がありません。


さて、また、話は全然変わりますが、調停者といったときに頭に思い浮かぶのが日露戦争の講和の調停役であるセオドア・ルーズベルトです。

吉村昭ポーツマスの旗はぜひ読んでおく名作だと思いますが、この頃の戦争はまだぎりぎり騎士道精神が残っていると言いますか、日本海海戦で破れたロジェストヴェンスキー中将も捕虜になっても堂々とした振る舞いですし、ポーツマス条約の締結における米国の立場は、米国のアジア戦略もあって、終始日本寄りでしたが、調停者として戦争を集結させる役目を果たしたと思います。

翻ってロシアのウクライナ侵攻ですが、ロシア側の内在理論としては、伝統の南下政策がありますし、衛星国を緩衝帯としておきたいというのは、ナポレオンとヒトラーにそれぞれモスクワ陥落直前まで攻め込まれたという国家のトラウマがあり、身内だと思っていたウクライナNATOに加盟しようとするということは、ロシア側からすると到底認められない行動だという思考は理解できますが、それを持ってしても民間人を巻き込んだり原発施設に攻撃したりする暴挙は到底認められるものではありません。

ただ、逆に言うとロシア側の主観としてはそこまで、追い詰められた上での軍事行動ということだったのかもしれません。

日露戦争では調停者だったアメリカという国自体が内戦というか、分断のような様相を呈してしまい、調停が出来るような国が見当たらない中、今回はロシアが悪手を打ち続けているので民主主義国家や企業はロシアへの制裁になんとなく一枚岩になりつつあるように感じます。

ただ、今回のロシアのように明らかに他国から見れば大義のない侵攻ではなく、もっと狡猾な戦略とその実行であった場合は、強力な調停者なしには和平の道筋を描くことが難しいと思いますが、私達はそのような時代に突入してしまったのかもしれません。

雑記20220217

さぷさんです。書くことは業を背負うということでもあるかなと思ったりしております。

〈アンチ的な〉
僕が書いたエントリの中で、三びきのやぎのがらがらどんに関する書評があるのですが、数ヶ月前にやたらページビューが増えたので、掲示板に貼り付けられたなと思っていました。

そのことについて忘れていたところ、パソコンではてなブログダッシュボードを見ますと、リンク元が参照できるのですが、ちょっと見てみましたところ、どういう文脈で参照されていたかというと「一ミリも同意できない」とか「タイトル見てブラウザバックした」とか、それはまあネガティブなご意見でした。

否定的な意見であってもハッとするような内容であれば傾聴に値するのですが、根拠が書かれてなかったり、一文を取り出して曲解していたりして、読解力がない状態でマウンティング取ろうとするとこうなるんだなというのをまさか弱小ブログの自分のエントリーで感じるとは思いませんでしたが、残念な感じでした。

知的に誠実な態度とは、相手の思想やロジックを理解し、自分の思想やロジックと対比の上で差異について議論する事だと思うのですが、世にある多くのクソリプに関する嘆きを見るとおそらく幻想なのかなと思います。

結局人は己の認識の範囲でしか世界を理解できないので、人はわかり合えないことがあらためてよく分かりました。

〈わからないと言えば〉
世の中分からないことだらけではありますが、一番当てにならないのは経済評論家の株価や景気の予測です。

専門家の予測で信頼できる分野と信頼できない分野の差は、その出来事に再現性があるか否かだというのが、ダニエル・カーネマンのファストアンドスローに書いてありました。

確かに経済は要因が絡み合った上での景気なり株価でしょうから、過去の経験がほぼ使えないとなると、結局は当てずっぽうで外れやすいというのは分かる気がします。

数ヶ月前までは、まだ米国株が好調だった訳で、こうなることがわかってたら僕もネットフリックスの株は買わなかった訳です。

〈やはりFIREの記事はなくなった〉
そんな中で、FRBの資産購入でノーリスクハイリターンの米国IT株に支えられていたFIRE界隈の皆さんにおかれましては沈黙は金なりの状態になっているのではないかと思いますが、本当にすーっとFIRE関係の記事がなくなったのはなんとも言えない趣があります。

年4%のリターンは多分夢のまた夢で、逆回転した中でどうされているのかお伺いしたいなと思います。

ちなみに僕はマイナス8%くらいの運用成績で、まだ二桁のマイナスには到達しておらず、実質勝ちだと思っています。

〈勝ち負けといえば〉
今は冬季オリンピック真っ盛りですが、羽生結弦選手の人気は凄まじいものがあるとあらためて思いました。

会見で印象的だったのが、「9歳の自分がずっと飛べと言っている」というご発言でしたが、羽生結弦選手はイマジナリーチャイルド(という言い方が適切かどうかわかりませんが、イマジナリーフレンドではないので、仮にイマジナリーチャイルドとします)と会話をしているというのが衝撃的でした。

何が衝撃かと申しますと、自分を叱咤激励する別な自分が常にいるということですから、自分の中だけで相当レベルの高いコーチングを実現してしまっているということなのだと思います。

本田圭佑選手もリトルホンダがいるという話でしたし、古市憲寿氏もイマジナリーフレンドと会話しているそうですから、世の中のトップにいる人の一部は自己との対話を繰り返す事で研鑽を積んでいるのではないかと思いましたが、圧倒的なパフォーマンスを発揮する人の思考形態を知ることが出来たのは良かったと思います。

こちらからは以上です。

研修担当者は仕事をやったフリばかりの人なのか

さぷさんです。大企業で研修担当者だったことがあります。

さて、ちょっと前にリンク先の記事がバズっていました。

「仕事やってるフリ」ばかりしてた人の話。
https://blog.tinect.jp/?p=74400

ものすごく要約しますと、研修の効果測定を無料で申し出たところ先方に断られてしまった。研修の効果がないということが分かったら面倒くさいことになるからだ。仕事をやってるフリばかりする人は多い。それって良くないよね。

というような内容です。僕も研修を担当していましたが、おそらく同じような申し出があったとしても丁重に断ると思うのですが、僕も仕事やってるフリばかりの人なのでしょうか。ちょっと考えてみたいと思います。

まず、前提としてこのリンク先の記事を見た印象ですが、この方が扱っていた研修とは、大企業で実施されている階層別研修なのではないかと思います。

管理職登用時の研修など、定期採用で入社した社員が昇格等の節目節目で受講することになる研修なのですが、大体はリーダーシップ、コミュニケーション、コンプライアンス、ハラスメント防止などを3日間くらいで実施するようなカリキュラムが大企業では一般的だと思います。(コロナ禍になり、今はリモート研修が増えていると思いますが)

よくある例として、リーダーシップやコミュニケーションなどの講義を社外に依頼し、コンプライアンスやハラスメント防止などは社内講師が務める事が多いと思います。

ですので、リンク先の著者が無料の効果測定を申し出たのはリーダーシップやコミュニケーションがどのように向上したのかを定量分析するという提案だったと推測します。

ここで一旦遠回りになってしまいますが、階層別研修と対比する研修として、職能教育というものがあります。

例えば、CADの使用方法の講習や営業アポイントのとり方など、より実践に即した教育を指します。なぜ職能教育の話をしたかというのは後で説明します。

さて、研修の効果測定として最も有名なのはカークパトリックの4段階評価法です。以下の記述はリンク先に記載されているものをお借りました。
https://www.elc.or.jp/keyword/detail/id=82

レベルが上であるほど効果的な効果測定が出来るというものです。

・レベル1:Reaction(反応)
受講直後のアンケート調査などによる学習者の研修に対する満足度の評価

・レベル2:Learning(学習)
筆記試験やレポート等による学習者の学習到達度の評価

・レベル3:Behavior(行動)
学習者自身へのインタビューや他者評価による行動変容の評価

・レベル4:Results(業績)
研修受講による学習者や職場の業績向上度合いの評価

ぱっと見てまともな事が書かれているので、この手段で研修の効果測定をすればいいのではないかと思ってしまいますが、実際はそう簡単ではありません。

リーダーシップやコミュニケーション能力など、レベルが高い人がいるのは確かですが、前述の通り、このような能力を駆使するマネジメントというものは全人格的に行われるものです。

つまり、生まれもった気質、今までの全経験、思想信条などが分かちがたく総合的に発揮されるものがリーダーシップやコミュニケーションですから、階層別研修で身についたものなのか否かという腑分けした定量的な把握は個人的には不可能だと思っています。

一方でCADのスキルや営業のアポイント成功率など、職能教育については効果測定が可能だと思います。なぜなら、そもそも職能教育は具体的なスキルアップを目的としており、ある程度テクニックで再現可能性がある内容であるためです。

リーダーシップやコミュニケーションなどの研修の効果測定を一度でも真剣に考えた担当者は基本的にこの壁にぶち当たってますので、そもそも無理筋なリーダーシップやコミュニケーションの効果測定で社員をモルモットにされたくないと思うのは研修を委託している企業側としてはほぼ想定される反応だと思います。

最近もリスキリングやDX人材の育成に関する記事が日経新聞によく載っていますが、基本的に人材育成は自己啓発OJT、off-JT(集合研修)の順序で大切であると言われて来ました。

ただこれは高度成長期くらいの人材育成でよく言われていたことで、今の風潮とは異なる部分があるのですが、日本の大企業はそもそもoff-JT(集合研修)に期待していないという不都合な真実があります。

つまり身も蓋もない言い方をしてしまうと、終身雇用前提の企業における階層別研修は管理職登用時などのセレモニー的な色合いが強く、どちらかというとロイヤリティの強化や他部門との交流などが実は主な目的だったりする訳です。

つまり、企業側が研修の効果測定をやりたくない理由は、そもそも階層別研修内容に期待していないということと、そのような枠組みの中でもなんとかリーダーシップやコミュニケーションに関する研修実施効果を高めようとして効果を確認したいと思ったとしても、全人格的に行われるこれらの能力は切り出して把握できるものではないという二重の困難さがあるためです。(僕もこの大きな構造に気が付くまでは研修の効果を真面目に測定したいと思ったことがありました。若かったですね)

ですので、一番上のリンク先の記事は半分は合っていて、半分は外れていると思います。

企業はそもそも研修自体に期待していないという意味ではやったフリの仕事の最たるものと言えますが、ではリーダーシップやコミュニケーションの効果測定をやったところでうまく行かないのは目に見えています。

そして、上記エントリーでは、研修担当者の残念さをこれでもかと書かれていますが、企業側にとってさらに不都合な真実は、研修担当者にエース級は配属されることはまずありませんので、残念な人材に遭遇する可能性が高くなります。

それは仕事をやったフリではなくて、そもそも仕事が出来ないという救いのない事実なのですが、書いていて辛くなってきたのでこの辺でやめておきます。

あと、研修の効果測定は未だ有効なものは開発されていないと思っているのですが、上記エントリーの筆者の方がどのような効果測定を実施されようとしていたのか気になるといえば気になりますね。