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さぷ日記、主に本の書評

メーカーの人事部門で人材育成関係の仕事をしてます。仕事がら組織とか戦略とかの本の書評が多めです

【書評】残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうか

個人的にも長時間残業で困っており、解決策がなかなか分からない中で、もやもやしている日々です。

そんな中でデータを分析して問題の発生原因と対策についてを記載した本という事でとても期待して読んだのですが、読後さらにもやもやしたした気持ちになってしまったのでその理由を考えてみたいと思います。

もやもや理由1〜データの扱い方〜
「残業についての議論が絶望的なすれ違いをもたらす原因のひとつには、データに基づく対話なされていないという問題があると私は見ています」という部分に我が意を得たりと思ったのですが、読みすすめて行くうちにデータを都合よく切り出して、自分の考えに沿うように無理矢理解釈していないか?と思いに変わっていきました。

例えば、サービス残業が多い職種の分析があるのですが、まずは職種での上位3つと言う事で、教育、学習支援業(13.96時間、n=182)、不動産業・物品賃貸業(10.63時間、n=163)、宿泊・飲食サービス業(10.09時間、n=145)をあげています。これだけ見ると、まあ実態はこんなものなのかな(法律違反ですし、断じて許されませんが)と思ってしまいます。そしてここからが10回くらい読み返してもさっぱりわからなかったのが以下の部分です。

「これらの業種・職種のサービス残業時間は一人あたり月平均10時間を超えていますが、こちらはあくまでも全体平均です。先程同様に、『サービス残業を少しでもする人』に限定すれば数値は跳ね上がり、教育、学習支援で24.4時間、不動産、物品賃貸で22.3時間にのぼります」

という記述があり、この文章のあとの表では、1位が運輸業、郵便業(27.43時間、n=241)、2位が教育、学習支援業(24.43時間、n=104)、3位が不動産業、物品賃貸業(22.36時間、n=78)となっています。ちなみに宿泊、飲食サービス業は17.99時間、n=89で8位です。

最初にサービス時間を分析しておきながら、その後に『サービス残業を少しでもする人』に限定すると言うことは一体何を指しているのでしょうか。

具体的に言うと、教育、学習支援業で78名、不動産、物品賃貸業で59名、宿泊、飲食サービス業で56名を除外した理由です。

限りなく好意的に解釈したとしても、文章の記載ミスであり、なにか別な条件でデータを抽出し直したというのが表を見比べた限りの率直な感想です。
(追記:おそらく前者はサービス残業をしていない人を含めてた全体平均で、後者はサービス残業をしている人に絞った平均だと思いますが、説明する言葉が不足しているために混乱しました)

さらに重箱の隅をつつくと、ウェイトバック集計との記載があるので、上記のn数は実数ではないと思います。

仮に第二版を出されるのであれば、なんらかの訂正があったほうがよいように思います。

そして、この例はあくまで一例で、どうように頭を傾げる分析が他にも出てきます。

もやもや理由2〜経営側の視点がない〜
本書は大規模アンケートを独自実施した結果の分析に多くのページを割いていますが、アンケートの調査項目と項目毎の単純集計の結果がないのでなんとも言えませんが、アンケート設計に問題があるのではないかと思います。

残業を3つの層に分けて分析しているのですが、第一層に性別や業種・職種、企業の残業対策、組織特性、マネジメント行動、個人の意識・行動を置き、第二層に残業時間の長さ、三層に意欲・満足度、健康、成長、幸福度、創造性、パフォーマンスを置いています。

シンプルに考えると、営利企業での残業というものは利益を産み出すために投入する人的コストが所定時間で終わらずに、且つサービス残業によって利益を確保しているのではないかと疑われるということではないかと思います。

つまりサービス残業をしないと会社が成り立たないようでは、その会社は最早存在していてはならないというところまで切り込む必要があるかもしれず、そのような経営側の視点も盛り込まなければ残業を多角的且つ深く見れないはずです。

しかし、上記のように主に職場レベルでの分析をベースにしているようなので、後述するように対策がネット記事で見たようなものになってしまっています。

もやもや理由3〜分析結果と対策に繋がりがない〜
本書は話がいろいろ飛躍しがち(良く言えば分量に対して内容を詰め込みすぎ)なのですが、解き明かされた残業発生のメカニズムという章で残業は、残業によって産み出された評価により『麻痺』し、出来る人に『集中』し、帰りにくいという『感染』もし、それが世代を超えて『遺伝』する。また、『残業代依存がある』という事です。これ自体は否定するものではないですが、やはり職場レベルでの残業に対するメカニズムであり、経営側の視点は抜けています。

そして、このメカニズムに対する対策が、残業時間の見える化、残業代還元、マネジメントの変革、組織ぐるみの改革なんですが、ネットの記事で見たような対策が並びます。例えば、マネジメント変革では、部下への声かけは二割増でという対策が提示されている訳ですが、分析のパートでは管理職はプレイングマネージャー化していて労働時間が長い中で、更にこの様な対策を実施するのは大変です。

また、本の終わりのほうで介護離職の問題提起がなされて、それは最初のほうで出しておけばいいのではと思ってしまったり、対策でガチ対話を熱くプッシュしたり、この本を一言で言い表すと『ちぐはぐ』という言葉になると思います。その場その場で言ってる事は理解出来たり納得できるものもあるのですが、全体を通してのストーリーの軸がなく、ふらふらしたまま出版してしまった印象です。逆にそういう事はあまり気にせずなんとなく理解したいという方にはお勧めの本かもしれません。

最後に、中原先生は人事や組織開発の分野でとても影響力のある方です。考えすぎかもしれませんが、旬なテーマという事で出版を急ぐあまり、推敲不足という事があったとしたらとても残念です。

中原先生のファンの方は別ですが、人事関係でデータを重視するという意味では、他にもありますので、そちらをお勧めします。

【追記1】
Amazonにもレビューしたんですが、同じものです。

この本はデータを重視すると語っているので期待して読んだのですが、例えば「週に45時間以上残業している層の30.4パーセントが手が空いていると、常に別の仕事が割り振られると回答しました」というように問題視しています。だとすると69.6パーセントは割り振られないってことになりますが、本書の中でそちら側については触れられません。

また、残業は集中、感染、麻痺、遺伝しやすく、それが起こりやすいのはデザイナー、各種クリエイター、幼稚園教諭という考察もあるのですが、これはもともと労働集約型の仕事ですから、因果関係というよりも相関関係があるというのがデータの適切な読み方ではないかと思いました。

また、データを重視すると言う割に、巻末にある大規模アンケートの実施状況には「全国15歳〜69歳の有識者10000サンプル」というようなざっくりとした記載しかなく、実施時期や実施方法も書かれておらず、15歳の有識者って例えばどういう事だろうと思ってしまいました。

【追記2】
本ブログでは生活残業の話には触れてませんでしたが、本書に書かれている通り一部の人には確かに欠かせないものになってしまっていると思います。

また、自分がいないとシフトが回らないという事に対する献身性が残業を生み出している側面もあると思います。

繰り返しになりますが、本書では経営者の視点が希薄です。中原先生の研究対象は職場にフォーカスされている気がするので、今後は経営者側へのヒアリングや調査についても研究対象に入れて頂きたいと思います。

あと、大量のアンケートを複雑な解析をされていますが、鋭くて良質な仮説をアンケートで聞けている場合、単純に集計しただけで誰もがハッとする気付きになります。

大量のデータを統計ソフトにぶち込んで片っ端から多変量解析をかけて相関が出たものを深堀しても、それは疑似相関かもしれないと思います。

個人的にはデータをいじくり回して出た結果は疑ってかかったほうがいいと思っています。

なので、経営側の視点も含めた良質な仮説によるアンケート実施とその分析、もう少し時間をかけて本書に取り組んで頂いたら名著になったかもしれず、大変残念です。

あと、残業時間が増加するとランナーズハイのような効果で幸福度が増すという主張はほんまかいなと思って別エントリーも書きました。よろしければご覧下さい。

http://sapsan.hatenablog.com/entry/2019/01/09/110308

なんだかアンチみたいになってますが、誰よりもこの本を読み込んでいると思いますのでご容赦下さい。

残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか? (光文社新書)

残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか? (光文社新書)