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さぷログ

メーカーの人事部門で働いています。

【書評】流線型の考古学

初めてiPhoneの画面が動いているのを見たときの衝撃は今でも覚えています。王様のブランチで谷原章介さんがiPhoneで地図をいろいろ操作していたんですが、見ていて「これはすごい!」ととてもワクワクした感覚が残っています。

iPhoneが出てからその形状がほぼ今まで変わっていないという事については、最初からとてつもなく洗練された形で発売されたのだと思います。

このiPhoneが日本で発売されたのは2008 年ですが、2012年に満を持してシャープからテンキー付のスマホが発売された事も覚えています。

「閉じてタッチ、開いてテンキーをシーンに応じて使い分けが可能」という売り文句で、おサイフケータイワンセグ、防塵、防水などなど、機能を全部入れてみましたというジャパニーズの企業がやってしまいがちな足し算なプロダクトでして、スマホユーザーもテンキーを使用したいシーンがあるはずという読みが見事に外れて程なく店頭から消えて行ったような記憶があります。

https://gpad.tv/phone/kddi-au-aquosphone-sl-is15sh/

iPhoneの凄いところは、形状的には引き算的な思想で成り立ってる中で、いくら目の付け所がシャープでも足し算的な形状を出してしまったらスマートじゃないよなと思った記憶があります。

さて、流線形の話でした。iPhoneのツルンとしたフォルムは流線形的と言っても差し支えないと思った次第なのですが、この「流線形の考古学」は原克先生お馴染みの鬼の資料収集の集大成みたいな本でして、豊富な図版をもちいて流線形の歴史を丹念に追っています。

この本は当初「流線形シンドローム」というタイトルで2008年に発売されたのですが、2017年に「流線形の考古学」と題名を変更して文庫版が発売されました。

原先生のファンとしては講談社の英断に感謝してもしきれないと思っており、文京区方向には足を向けて寝ることは出来ません。

さて、本の体裁としては主にサイエンス雑誌の流線形の記事を表象文化論の切り口で検証していくというスタイルがとられる訳なのですが、流線形が出現し始めた頃は単純に「空気抵抗の低減」を表していた流線形が、徐々に「○○の抵抗の低減」となり、「障害因子の除去」という意味合いを獲得するまでの敬意を丁寧に追っていくという本です。

例えば本書の中で「流線形建築」というものが出てきます。なぜ建物なのに流線形なのだろうかと思う訳ですが、曲線を用いた外観もさることながら、従来の職人が作る無駄のあった建築方法から、工法のシステム化や近代化によって洗練された建物として
「流線形建築」と名付けられたそうです。

また、「流線形ポテト」というのも本書で紹介されているのですが、じゃがいもはちょっとした凸凹がある中で、そのような凸凹をなくした品種改良をしたじゃがいもを「流線型ポテト」と呼んだという事なのですが、要するに料理のしづらさの障害の除去するという文脈で、通常だと一緒の単語になりそうもない流線型とポテトが結び付けられる訳です。

よって本書を読んでいくにつれて、空気抵抗を軽減する流線型の歴史を読んでいるつもりが、徐々に心に不穏な何かを感じさせていきます。

その中でまた一つの事例として出てくるのが「心の流線形」です。1930年代に出版された啓蒙書なのですが、その本には「多く人は本来備わっている能力を活用しそこなっており、無駄が多いといえます。そのためには効率的な思考方法が必要です。今からでも決して遅くはありません」というようなことが書いてあったそうで、多様性や働き方改革SDGsが重視される今の時代から見るとちょっと古いビジネス書のようにも感じますが、効率最優先の時代は相当長く続いており、今も効率というのは重視されているとあらためて感じます。

そしてこの本を読んでいてなんとなく感じていた心地悪さが明確となり、この本の白眉となるのが「流線形」と「優生学」の関わりです。1930年代のアメリカの美人コンテストの審査の中で、理想の体型のシルエットをくぐり抜けるという今実施したら即炎上する案件ではないかということが行われたそうです。

これは逆に言うと理想の体型に当てはまらないものは排除するという考えに基づいている訳ですが、流線型という言葉が持つ洗練された明るいイメージと、その裏にある非効率や障害因子の除去という暗い面があぶり出されていきます。

優生保護法は1996年まで存在していました。人類が追い求めてきた効率性は、それを妨げる障害因子の排除が人間にまで及んだ時に非常にグロテスクな形としても表出させてしまったという人間の業を感じずにはいられません。

光が強ければ強いほどな影はより暗くなる、流線型がもてはやされた時代の表と裏について興味深くよめる本です。