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さぷログ

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【書評】ミヤザキワールド 宮崎駿の闇と光

「喪失は創作活動を刺激するのだ。(中略)喪失に直面した時には行動を、大切な誰かが不在の時には周囲との絆を、そして破壊に直面した時には再起を促すような映画を作り続けることになる」(本文から)


いきなり宮崎駿の話ではなくて恐縮ですが、恥ずかしながら最近になって草間彌生さんの事を知りました。両親との壮絶な葛藤があって「四六時中絵を描いていないと自殺しそうで大変なのです」というコメントを見てちょっと絶句しそうになりました。

また、以前に何かで読んだ本か雑誌の中で、多摩美術大学の方だったような記憶がありますが、同級生の中で「創作を続けてないと死んでしまう」ような人がいて、自分は美術の道をやめた。というような事が書いてありました。

スーザン・ネイピアさんが8年がかりで書かれた「ミヤザキワールド」は中国・韓国・ロシア・アラビア語版の出版も予定されているそうですが、宮崎駿もこの系譜に連なると考えた方がいいのでないかと読了後に思った次第です。

本書の特徴の一つは、宮崎駿の生い立ちと映画作品との関連を比較する点にあります。本書の中で何度も言及されるのが、祖父と父親が零戦の風防の部品を作る工場を経営していて、戦時中ですが比較的裕福な生活を送っていたという指摘が出てきます。

また、4歳くらいの頃に空襲から車で逃げようとしている時に、「乗せてください」と女の子を抱いている女性が助けを求めてきたのを置き去りにしてしまったという戦時中のなんともいたたまれない話も何度か言及されます。(宮崎駿の兄は助けを求めたのは男性だという証言をされています)

加えてこれは宮崎ファンには有名ですが、母親が結核を患っていた事が作品に影響を与えているという指摘もあります。

そして、宮崎駿自身は、直情的で激しやすい一方で、親からの才能を受け継いでいるのか、そろばん勘定も出来るという人物の様です。そしてインタビューでは、明確に作品をトラウマの解消ではないと言い切っており、「いや絶対自分の魂の救済を求めでるでしょ」とついツッコみたくなりますが、頑なに否定するのだと思います。

例えば明らかに「風立ちぬ」の堀越二郎宮崎駿本人を重ね合せていると思うのですが、声優の人選に難航していた時に鈴木敏夫が「庵野(秀明)は?」と提案するシーンをテレビのドキュメンタリーで見た事がありますが、鈴木敏夫は確信犯的に堀越二郎宮崎駿その人で、宮崎駿の後継者を務める事が出来る一人として庵野秀明の名前を出したと思うのです。鈴木敏夫恐るべしですね。

恐らくご本人は本気で良い映画作品作りとスタジオジブリの経営を続けていくという使命感で行動されれている思うのですが、自己救済をしているというのを明確に否定するのが宮崎駿宮崎駿たる所以なのだと思いました。大いなる矛盾の塊のような方に見受けられます。

つまり纏めますと宮崎駿は、戦争景気で裕福な家に産まれて恩恵を存分に受けた一方で、戦争の悲惨な体験で戦争を激しく憎んでおり、母親に甘えたい時に自分がアダルトチルドレン的に振る舞わねばならなかったと言う原体験への怒りが創作の原点だと思うのですが、周囲を相当に疲弊させつつ、超一流のエンターテイメントまで昇華させてしまい、深読みすればするほど何処までも考察出来てしまうという奥深さがあるのだと思います。

本書の特徴的な点は、渋谷陽一を始めとした他の宮崎駿の論評を参照しつつ、映画のストーリーに則って宮崎アニメを考察する点にあります。

ですので、超が着くほどの宮崎マニアにはやや物足りないかもしれないですが、ノンジャパニーズの視点は新鮮な驚きもありますし、宮崎アニメを深い視点で見てみたいという初級者、中級者の方には特におすすめの本です。

ミヤザキワールド‐宮崎駿の闇と光‐

ミヤザキワールド‐宮崎駿の闇と光‐