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さぷログ

メーカーの人事部門で働いています。

自分の意見に100%反対な人がいる前提で仕事をしたほうがよい

さぷさんです。大企業の管理部門の片隅でひっそりと生きています。

さて、僕は立場上全社員にアンケートを取る仕事もしていたりするんですが、アンケートに自由コメントなんかを設定した場合はなんといいますか、この社員はQアノンの信者なのではないかしら?くらいの陰謀論を長々と綴っているコメントを発見したりしてげんなりするんですが、それは極端な例としても何かの施策をやろうとすると様々な意見が出てきます。

また、以前システムの担当をしていたのですが、グループ全体でシステムを同一するプロジェクトで、子会社にシステムを導入するために現地に赴いて説明会を開いたんですが、会場の会議室には子会社の管理職が全員集められており、まじかと思いながら淡々と説明していたんですが、本社から来た若造が面倒くさい事を押し付けやがってという雰囲気がありありでした。

質疑応答の際には「確かに管理が厳しくなり、仰って頂いたとおり現在の慣行とそぐわない部分もございますが、そこは柔軟に対応頂きつつ、なんとか導入をお願いします」という感じで平身低頭でお願いをしたという経験もあります。

そんなこんなで僕はもともと陰キャで慎重な性格というのもありますが、自分のやろうとしていることに100%反対という人は必ずいるという前提が体感として染み付いています。

何か新しい取り組みをしなければならないときには、一旦素案を作った後、この取り組みに関わるステークホルダーは誰で、反対するとしたどの部分で、それは対策可能なのかという事を一通りシミュレーションを行うようにしています。

また、何かを始めるときは必ず反対する人がいる前提としているため、大義と正論が大切になります。「あなたと僕の考えは正反対ですが、この施策にはこのような実施背景と目的があるのですが、ここまで同意出来ますかね」みたいなイメージです。ドストレートには言いませんが、説明会などではそのような資料構成や説明を意識して行っています。

あと、寝技は好きではないので、キーパーソンや偉い人には事前説明しますが、それよりなりより施策としての筋のよさが何よりも重要だと思っています。

そんな訳で今まで担当したプロジェクトはそれなりにうまくいったものが多いのですが、今同じ部署にいる後輩がプロジェクト的な業務を進めるのが上手ではなく、1ヶ月ほど何の進捗もなかったので手伝うことになりました。

仮にA君としますが、そのA君の口癖が、「たぶんこうだと思います」とか「ふわっとしてますが、」とか「○○さんも同じだと思います」とか、エビデンス軽視のふんわりイメージ君なので、「思い込むより確認してほしいんだけど」「だいたいってそれ数字でいうとどれくらいなの?」「ちゃんと確認した?」とか、このご時世パワハラにならないくらいに優しい口調で立て直しました。

幸いA君は僕の事を慕ってくれていて「さぷさんさんのスキルを吸収したいです」って言ってくれていて、それは心のなかでは無理だと思っているんですが、プロジェクトがひと段落したくらいにAくんと雑談しているときに、上に書いたようなことを伝えました。

その時に、「Aさんが主担当のプロジェクトが進まないというのは、誤解を恐れずに言うと誰かが反対をしているということでしょ?例えば極端な例だけど、よかれと思って自分のハンカチで机を拭いたとして、ある人が見たらハンカチの汚れを机にこすり付けているって不快に思う可能性があるわけだよ。一旦自分の仕事を批判的な目で見る癖をつけないと、大きな仕事を成し遂げるのは難しいよ」と伝えました。

「え?さぷさんさんはそんなこと考えて仕事しているんですか?何歳くらいそう言うことを意識しているんですか?」と聞かれたので、「Aさんは今確か30代前半だと思うけど、そのくらいの時は仕事に活かしてたと思うけど」と伝えたところ感心されました。

僕は逆にA君の想像力のなさに若干驚いたんですが、自分の常識は他人には全くもって新鮮な考えであるという事があらためてよくわかりました。

大東亜以下に落ちたことがあります

さぷさんです。正直に告白するんですが、僕は現役受験生の時に大東亜以下に全滅した事があります。

現役生のときは勉強してなかったから当たり前と言えば当たり前なのですが、親に泣きついて浪人させてもらって、かろうじてMARCHに滑り込んだはいいものの、就職がもろに氷河期でして、40社程受けてようやく内定を貰えたという微妙なキャリアだったりします。

そんなこんなで紆余曲折を経ていまは大企業の管理部門の片隅で働いているんですが、目の前の定年後再雇用のおじさんは東大卒、上司は早稲田卒という石を投げれば高学歴に当たる弊社の中では、MARCHは正直に申し上げますと割と最底辺の学歴です。

そんな中で今回の大東亜以下はなかなか衝撃的なパワーワードでした。これが早慶上智以上とかだったらここまで話題にならなかったと思います。

学歴で差別するのは良くないと言われているのになかなかなくならないのは、採用の時に便利だからという理由に集約されます。

もちろんこれは最近では悪しき例と言われがちな新卒一括採用を効率よく行うためのそれこそフィルタリングな訳ですが、かの米国も苛烈な学歴社会ですから、日本だけの問題ではありません。

また、最近批判されがちなメリトクラシーですが、サンデル先生などのご活躍により、能力の高さは親から受け継いだ有形無形の資本に頼るところが大きく、あなたが優秀なのは遺伝ガチャと親ガチャの運がよかったからでしょうと言える風土が整ってきたように思います。

あまり自分を嘆くのものかっこよくないので少しだけにしますが、僕の両親は高卒で、父親の本棚は美味しんぼ落合信彦という超絶偏った構成でしたから、司馬遼太郎吉村昭の小説や論語マルクス・アウレリウスの自省録が本棚に置かれている家庭とはやはり雲泥の差があると思います。

そういった事も全部含めて世の中不公平に出来ている訳ですが、個人的な感覚ですと学歴と仕事ができる社員というのは8割方一致します。

○○大学を出ているのに全然仕事が出来ないというのは、確かに事例としては目立ちますが、これは残りの2割の例外入るので、学歴による採用はやはり合理的です。

正義感で学歴フィルターはいけないというのはまあいいと思うんですが、新卒採用においてこれだけ強固な仕組みを変えるのは正直不可能だと思います。

但しこれは新卒採用や第二新卒に限った話ですので、それ以降の中途採用になると今までの仕事の実績が問われますから逆転のチャンスはあると思いますが、新卒で良い経験が積めるのは大企業や尖ったベンチャーだったりしますから、やはり難関大卒でないと転職の難しさはあると思います。

そんな訳で学歴社会は続くと思いますが、優秀だから偉いわけじゃないってし、優秀じゃないのは個人の自己責任とは必ずしも言い切れないという雰囲気になってきたのは良いことではないかと思います。

【書評】1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き 「選ばれた才能」を120%活かす方法

さぷさんです。元左利きです。と言いますのも小学校入学直前に右手に矯正されたのですが、母親曰く祖母から右に矯正にするようにと言われたそうでして、当の母親からはご飯を食べたりするときに隣の人と肘が当たると良くないと言われたような記憶があります。

ちょうど右に矯正していた頃に確か吃音が出ていた記憶があるのですが、いま思うと矯正のストレスだったのかもしれません。よくがんばりましたと小さいときの自分に伝えてあげたい気持ちでいっぱいです。

そんな訳で僕の日常生活はほぼ右利きなのですが、歯を磨く時は矯正を受けなかった左だったり、駅の改札でPASMOをかざす時もついパスケース入れを左で持ってしまうときがあり、腕をクロスさせながら改札を通ることになったりします。

また、右と左が咄嗟にはわからなくなるという弱点がありまして、教習所で教官に右折と左折の指示が瞬時には分からずに難儀したことがあります。

「右と左が分からないとかw」と嫁から馬鹿にされていたのですが、どうもこれは左利きに稀にある現象らしく、僕は元々基準が左である中で、最初に想起する手が右利きとは逆なので「左でないので右」というワンクッション必要な面倒くさい頭の構造になっているというのがその理由のようです。

そんな訳でほぼ右利きの僕ですら上記のようなちょっとした生きにくさを感じている中でガチの左ぎきの方はかなり難儀されているのではないでしょうか。

また、レオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロピカソニュートンアインシュタインは左利きだったことから、左利きには天才が多いという説がありますが、残念ながら僕には全く当てはまらなかったようです。ちなみに親族で左利きだったのは僕だけなので遺伝ではないと思いますが、生まれたときからちょっと拗れていたかもしれません。

そんな中で「1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き 「選ばれた才能」を120%活かす方法」の本の宣伝を見まして、最近中年の悲哀を感じる中で少しは元気が出るかしらと購入してみました。

著者である佐藤俊徳先生は中学で柔道の黒帯を取ったり、陸上の砲丸投げで優勝したり、医師になろうと志して医師になり、MRIのエフニルス法という手法を考案され、Wikipediaに掲載されている先生の著作を数えたところ60冊以上あったのですが、まあなんといいますか、たぶんに遺伝ガチャの勝者の方だと思います。

そんな佐藤先生も左利きでご苦労されたようなのですが、先生が開発されたりエフニルス法は脳のどこが活性化しているのかを計測する手法ですので、左脳が言語処理をしており、右脳が画像や空間の認識を担当しているという今となっては広く知られている事実は、佐藤先生のエフニルス法のおかげということになります。

本書の中に、「脳科学的に見て、左利きは多数派と異なる個性を持つ「すごい」人たちです」とあるのですが、おそらく佐藤先生は右利きであってもすごい人だったのではないかと思います。

例えば右ハンドル車と左ハンドル車があったとして、左ハンドル車は日本においては希少ですが、エンジンやサスペンション、ブレーキなどの性能が悪ければ走行性能としては大した自動車ではない訳です。ポンコツだけど左ハンドル車とかよっぽどのモノ好きでないと買わないと思いますが、書いていて辛くなってきました。

身も蓋もない話を続けますが、仮に左利きが画像や空間認識に優れていたとしても、それは自分の中で右脳優位と言うことであって、マイケル・サンデル先生が批判されているところのメリトクラシーの世の中では高性能の右利きパーソンには勝てないと思います。

左利きは10人に1人らしいのでオンリーワンといえばオンリーワンですが、車屋の店先に並んだとして、買ってもらえないとあまり意味がありません。

本書の中で、左利きの人は直感に優れているのでそれを磨くと良いという事が書かれているのですが、「直感を言語化するためにたくさん本を読んだほうがいい」でしたり、「コーヒーを入れたら、お気に入りのカップに淹れて香りを楽しむといった」、左利きの人というか万人に当てはまるようなアドバイスがあると思えば、「アニメキャラを思い出す」といったどう先生の直感が働いたのかもう少し言語化してほしいようなアドバイスもあります。

また、いつでもメモを持ち歩く、ルーチンを変えてみる、憧れの人だったらどうするかを考えるなどのアドバイスも次々と出てくるのですが、やはり右利きの方にも有効なアドバイスが多い中で、本を逆から読むなどのオリジナリティのあるアドバイスもありました。

個人的にはアニメキャラを思い出しながら本を逆に読んでみたいと思います。

最近の自己啓発本の特徴として、ADHDや繊細さんなどの生きにくさを抱える人を励ましつつ、メリトクラシーの世の中で成功するためのノウハウを伝えるというのが流行りな気がしますが、本書もその系譜に繋がる本なのかなと思いました。

脳科学の複雑な話は一切出てこず、一時間位でさらっと読め(次の日には忘れ)る感じの本だと思います。

左利きで自己啓発ポルノを読みたいという気分の場合はいいんじゃないかと思いますが、Kindleで1158円出すんだったらちょっといいランチを食べるんだったと思わなくもないです。

新型コロナウイルス感染疑惑からのさらなる苦難

さぷさんです。このエントリには若干の下ネタが含まれます。苦手な方はブラウザバッグをお願いします。

さて、僕の今年のテーマは昨年に引き続いてのすみっコぐらしなので、会社でもひっそり生きていきたいのですが、なにやら忙しくなってきまして、ここ2ヶ月はそれなりに働いておりました。

そんな中で先週ちょっと体調が思わしくないな、咳や鼻水が出るぞと思って体温を測ったところ37.6度でした。

次男がやたら咳とくしゃみと鼻をかんでたのでそれがうつったかと思いましたが、次男は病院にこそ行ったものの、ただの風邪という診断でPCR検査を受けておりません。

いま僕の勤めている企業は石橋を叩いて渡るのが大好きな保守的昭和企業ですから、上司に報告したところガイドラインに則って発熱外来を受診せよとの事でした。

さらにその上でここ一週間の行動を記入する用紙がメールに添付されて送られてきました。完全に容疑者扱いです。ここは法治国家日本ですが、新型コロナウイルス禍においては推定無罪の原則は無力のようです。きっと多分ただの風邪だってばよと思うのですが、そこは僕も従順なジャパニーズサラリーパーソンです。

素直に発熱外来を予約して近所の病院に行ったところ、まあ多分風邪だろうけど、その場で抗原検査を実施した上に、さらに念の為のPCR検査を実施したわけですが、結果的には両方とも陰性でした。

めでたく容疑が晴れた旨を上司に報告したのですが、会社ガイドラインに則ると偽陰性のおそれがあるので、在宅勤務マシマシでとのお達しでした。弊社は石橋を叩いて壊す企業だったようです。

そんなこんなで新型コロナウイルスではないのに、最近出社奨励の雰囲気になりつつあったところ、しばらくは在宅勤務でまあラッキーと思っていたところ、手に発疹が出来始め、口の中がやたら痛くなってきました。

ええ、そうです。結論から言いますと手足口病です。病院で診察を受けたところ、「たぶん無症状のお子さんからうつったのかもしれません。免疫が弱っているということですから、気を付けて下さい」との事でした。

つまり僕は5歳児並の免疫力しかない44歳のしがないおっさんと言うことになりますが、まだここまではある意味よかったんです。

手の発疹と口の中が痛くなってから二日後くらいに、手でも足でも口でもない部分であるところのかわいい出っ張りがなんだか痛くなってきました。

話はちょっと変わりますが、駅ナカとかによくある青○フラワーマーケットのアレンジメントって、ものすごく早くしなしなになっていく気がするのですが、僕が水をあまり換えないのが悪いのか、単品で売れなかったお花たちを集めてアレンジメントにしているのか分かりませんが、特にガーベラがしなってなっていく様を見ると、なんとなくつらい気持ちになります。

そんな可哀想なガーベラのように僕のいたいけな出っ張りがしょんぼりしなびている訳ですが、擦れたり排尿の度にずきりと傷みが走ります。

これは果たして手足口病が僕のガーベラに症状として発生しているのか、否、別の未知なる病気なのか、新たな悩みが生じました。但し、性病の可能性は1000%ないと強く断言できます。理由は秘密です。

今はインターネット社会です。スマホ手足口病の症状を調べる訳ですが、僕の知りたい情報は出てきません。

「足の甲・膝・お尻にまで及ぶこともあります」という記載を見つけたのですが、お尻まで言及して、もう少し頑張れなかったのかと憤懣やるかたない思いでブラウザを閉じました。

じゃあグーグル先生で「手足口病 tintin」って調べればいいじゃないかとみなさんは思うかもしれないのですが、なんと言ったらいいんでしょうか。その検索ワードを導入する勇気が僕にはありません。

結果を見たくないと言うよりも、その単語を打ち込んだ自分自身がなんとなく許せないような、検索結果が出て情報にリーチ出来たとしても、そのような情報が存在せず、頭をかかえるような状態になってしまったとしても、何かこう自分を保てる自信がないような心情です。

確かに最近は泌尿器系としてしか使用していませんが、生まれてこの方一緒に戦ってきた戦友です。既知であっても未知であっても病気に負けたという事実を僕は認めたくないのだと思います。

こちらからは以上です。こんなエントリですみませんでした。

現場のエースを管理部門に抜擢→やる気なくすというデフォルト設定について

さぷさんです。会社の中ではどう贔屓目に見ても2番手集団です。

さて、現場でエース級として活躍していた社員が本社部門に抜擢されてはいいものの、やる気を無くしていくというのはほぼデフォルトとしてあるなあと思うのですが、今回はその事について書いてみます。

僕が知っている営業さんの中で最も強烈だったのが、取引先の先代社長の月命日には必ずとらやの羊羹を持参して、お仏壇にお線香を上げるというのをルーチンにしていた方でして、間違って発注してしまった製品を(最終的には先方納得の上で)買わせてしまう豪のものでした。

仮にAさんとしますが、Aさんの周りには人が自然と集まり、交際費もバンバン使うのですが、それ以上に売上をあげてしまうので本社からもお咎めなしでした。

Aさんの影響力は凄まじく、多くの取引先の社長と懇意にしているので、Aさんが乗ってる車は社長達の目に止まり、ディーラーを紹介するとそのメーカーの車がどんどん売れるようになったので、ついぞディーラーから、格安で高級車に乗ってもらえないかとオファーが来るようになったそうです。

また、そんなAさんですから、後輩にも慕われている中で、後輩から売れる営業マンのコツを聞かれた際には「おまえ、輝け」という全く参考にならないアドバイスをされていたようなのですが、天性の人たらしというのは努力でどうにかなるものではありません。

そんなAさんの成績に目を付けたのか、いよいよ交際費が洒落にならんようになってきたのかは分かりませんが、本社企画部門に抜擢されたのはいいものの、あまりお元気がないようです。

本社企画部門というのは、地味な調査と資料作成と会議と会議のための事前調整がメインなようなものですから、切った張ったの最前線の営業とは異なる綿密さとスキのなさが求められれたりします。

そんななかでAさんはかなり元気がなくなってしまっており、緊急事態宣言が解除されたとはいえあまり飲みに行くような雰囲気でもない中、かなり心配しています。

Aさんみたいな営業の売り方の再現性はないわけであって、個人的には最前線で営業を続けられたほうがいいんじゃないかなと思います。

ただもしかすると、このご時世コンプライアンスが最優先ですから、危なっかしい売り方をしている事の牽制という線もあるかもしれません。

なかなか難しいなと思います。

あやうくアンチになりかけた

さぷさんです。いつも冷静沈着です。

さて、この前あやうくアンチになりかけたのでそのことについて書いてみたいと思います。

最近我が家でうさぎを飼い始めました。血統書付きのネザーランドドワーフの女の子です。動物好きの次男が犬か猫がほしいとずっと言っていたのですが、今住むマンションでは買えず、小動物を買うことにしたのが事の経緯です。
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うさぎを買ってみて分かったのですが、鳴きませんし、草を食べているのでフンやおしっこも臭くなく、餌とトイレは日に一回替えればよいので都市型のペットとしてはとても飼いやすいと思います。

一方で小動物なので、犬や猫みたいにコミュニケーションを取るのは難しいと思いました。また捕食される側の生物ですから、相当に臆病でもあります。

そんな中で僕は、家では掃除担当だったりするので掃除機をかけるわけですが、うちのうさちゃんは掃除機の音にかなりビビっており、掃除機をかけるとゲージの中に置いてある木の家にすぐ逃げ込みます。

また、ブラッシングも僕がやることになってるんですが、前述の通り捕食される側の生き物ですから、押さえつけられることをとても嫌がるのでブラッシングは一苦労です。

そんな中で僕はうさちゃんから、おそらく嫌いな人認定されており、食事やトイレも替えているのに足ダンされるという悲哀を味わっています。

そんな事が続いた中で、ブラッシングの為に捕まえようとして、逃げ回るので退路を塞いでなんとしてでも捕まえようと躍起になっていた時に、うさちゃんが嫌がることをなんとしででも完遂しようというダークサイドに落ちてしまったのではないかとふと思い、ブラッシングを諦めました。

おそらく、この構図はアンチの生成と相似形を成すと思っていまして、ある対象者に対して良かれと思ってしていることを無視されたとか、悪い方にに捉えられたと思ってしまった場合、マイナスでもよいから対象者と関わりを持ちたいという非常に厄介なメンタリティを人は持ってしまうのではないかと思っています。

そして自分も容易にこの様な精神状態になることに気が付き、己のことながら自分の気持ちに恐れを感じました。

一時期は好意を持っていたのに、何らかの理由でエネルギーが負の感情に転嫁した上でそれでもまだコミュニケーションを諦めないというのがアンチの非常に厄介なメンタリティおよびそれに伴う諸行動でありまして、ヤフーニュースあたりが定期的に残念な事案を報じていて、大量のコメントが書き込まれるというを目にします。

そして、だいたいそれは美人にからむ冴えない男というパターンが多いと思うんですが、生殖という本能が絡んでいる分ますます面倒な事になる訳でして、推しにお金を落とすという意味では養分にはなりますが、決して受粉に至る事はないわけでありますから、養分としての立場は常にわきまえないといけないと思います。

なので、自分がダークサイドに落ちたと思ったら、興味の対象から強制的に外さないといけないと思う訳ですが、正常な判断力を失っている状態においては何を言っても無意味というのが実際の所だと思います。

自分に興味を持ってもらえないならそれがマイナスのコミュニケーションであっても取りたいというのは人間の心の負の側面として誰もが持ちうる感情だと思うのですが、その事実は淡々と受け入れなくてはならないと思っています。

ですので、僕はうさちゃんに対してはエサとトイレの交換を淡々と行うだけにしてまして、かわいがるのは嫁と子どもたちがやってますのでそれでいいのかなと思っています。

子供のスパチャにモヤるのは返報性の原理をお金で買っているから

さぷさんです。今のところ特定の推しはいません。

さて、ちょっと前に子供のスパチャにモヤるという記事がバズられておりました。

推しにも友達ライバーにも「投げ銭」。10代に浸透する「スパチャ」、なぜモヤる?(現代ビジネス) - Yahoo!ニュースhttps://news.yahoo.co.jp/articles/069ac2f4bc72489758cd8757f6d73333d0fa0380?page=1

こんなマニアックなブログを見に来ている方でスパチャを知らない人はいないと思いますので割愛しますけど、日本はスパチャ大国だそうでして、「推しは押せるときに押せ」というワードは主にバーチャルYouTuberの引退の時によく聞きますが、新型コロナの影響でエンタメ費の行き先がない中でぴたりとハマった側面もあると思っており、これから正常化に向かう中でのスパチャ額の推移は注視して参りたいと思います。

そのスパチャが飛び交うのは新衣装お披露目などの場などですが、トップバーチャルYouTuberは一回の配信で200〜300万円のスパチャが飛び交う狂気の世界が出現しています。(ただ、これらのスパチャを稼ぎ出すのはkson様などの一部の例外を除き、ホロライブかにじさんじ所属のバーチャルYouTuberに限られるでしょうから、それ以外の事務所や個人勢はかなり厳しいと思います)

僕がスパチャを投じたことがあるのは一回だけなのですが、なんとなく見たキズナアイ様の無料ライブがかなり素晴らしかったので、良いものを見せて頂いたライブチケット代として2000円ほど投じたのが人生で今の所最初で最後のスパチャとなります。

この僕の行為が返報性の原理そのものだと思うのですが、返報性の原理とは以下のとおりです。

「人は他人から何らかの施しを受けた場合に、お返しをしなければならないという感情を抱くが、こうした心理をいう。」ウィキペディアより。

人間の御先祖が木から降りて約300万年ですが、役割分担による分業に伴う社会化が進む中で、ギブアンドテイクが我々人類の行動様式として遺伝子レベルで浸透したのではないかと思います。(テイカーや非社会性パーソナリティ障害の方の議論はここではしないことにします)

以前ホロライブの切り抜き動画で、唐突に赤スパチャしたらどうなるのかという反応を集めたものがあったのですが、なかなか興味深いものでした。

普通のゲーム実況で、特に盛り上がっている状況ではないときに無言赤スパチャがコメントに流れると、確か百鬼あやめ様でしたが、かなり困惑されていました。

これは返報性の原理で考えると非常に分かりやすいのですが、今は赤スパチャが流れるタイミングではないので、今以上の神配信を期待されてもちょっと困るという反応だったのだと理解しています。

つまり、スパチャとはお金を媒介としたコミュニケーションになるので、それなりのリターンを返さねばいけないという心理がバーチャルYouTuberの演者側に生じるという構造であるということです。

通常の配信が終わったあとに行われるスパチャ読みも返報性の原理と営業活動の一環だと思っています。

さて、前置きが相当長くなりましたが子供のスパチャの話でした。

そもそも親が子供にお小遣いなり、お年玉をプレゼントするのは、子供にそのお金を有効に使ってもらいたいからです。

お小遣いなので好きに使っていいとは言いますが、基本的にはこの考えが親としては暗黙の了解としてある中で、それがお菓子とかマンガとかであっても、親としてはまあいいかと思う訳です。

お小遣いなら好きに使っていい前提ではありますが、スパチャにモヤるというのは、スパチャによってお金で推しと強制的にコミュニケーションを図ろうとしている側面を親が無意識に感じとってしまうからだと思います。

金でコミュニケーションを買うというのは、キャバクラやホストクラブと全く同じ構造です。普通にしてたら相手をしてくれない若い美人や美男子とコミュニケーションを取るための最終手段がお金を介したやり取りである訳です。

仮に僕の子供が推しにスパチャを送りたいと言ってきた場合は、スパチャ読みを期待していないか、金で押しとのコミュニケーションを買おうとしていないかを問い、それを子供のためと思って渡してるお金でやろうとしているのかということを伝えた上で、そのコミュニケーションの取り方は父さんはあまり好きではないし、人のおカネで行くキャバクラ楽しいかもしらんけど、あまり美しい行為ではないわなと伝えたいと思います。

自分で稼いだお金だったら、別にいいんですけどね。